【論説】新元号が「令和」に決まった。決まった以上は受け入れるしかないというのが国民の立場だが、「日本人の生活の中に深く根差していくことを願う」(安倍晋三首相)なら、国民が納得できる説明は欠かせない。

 政府は、令和の出典について日本の古典「万葉集」からと説明している。日本古典から採用したのは確認できる限り初めてという。「和」は昭和にも使われ、親しみのある文字だが、目新しさはない。一方で「令」はこれまで使われた例はない。

 出典の万葉集では「令月」の表現で「万事をなすのによい月」「めでたい月」(広辞苑)の意がある。ただ、「令」自体には「命ずること」「いいつけ」「おきて」といった印象の方が一般的ではないか。意外性のある「令」と親しみ感のある「和」との組み合わせで、新元号の留意点「俗用されていない」をクリアしたかにみえる。

 識者の間でも「すがすがしく、爽やかな語感だ。字を組み合わせて新しい言葉を使った点にも豊かな発想を感じる」(斎藤孝明治大教授)、「語感という観点からは意外。日本の歴史へのこだわりが強い安倍政権らしさを感じる一方、メッセージとしてはやや具体性に欠ける印象」(サイバーエージェント次世代生活研究所・原田曜平所長)と評価は分かれる。国民の受け止めも複雑ではないか。

 首相は「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている」と述べた。出典を精査しない限り、そう読み解くのは難しい。政府はそのためにも選考過程を分かりやすく説明する必要がある。世界で唯一、元号制度が残る国だからこそ、意義を捉え直すきっかけにもしなければならない。

 しかし、政府は昭和から平成に改めた経緯さえ、情報公開請求に応じていない。国立公文書館へ記録を移すことなく、保存期間を5年間延長した。これでは闇の中も同然だ。古代中国が発祥である元号は「皇帝が時をも支配する」との考えに基づく。日本でも長年、天皇が定め、その権威を高めてきた歴史がある。政府がそうした視点をいまだに持ち続けているとしたら問題だろう。

 平成への改元は天皇の逝去に伴うものだったが、今回は生前退位であり、「密室」での選定ではなく、たとえば有識者からの案を政府が公開し、広く国民の意向を反映させるといった方式を考えても相応だったのではないか。

 「大化の改新」「明治維新」など、日本人は大事件や歴史の転換点を元号で意識してきた。味わい深い文化として評価する声もある。だが、時代を区切る方法は個人の自由であり、多種多様だ。現に世論調査では元号と西暦の「両方を使いたい」が4割に上る。

 ただ、元号を「使いたい」とする声も2割強あり、強い拒否反応はみられない。国民に開かれた元号にするためにも、今後は国民が関与できる選定方法を視野に入れるべきだろう。

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