【越山若水】「蒸し加減、焼き加減の仕事ぶりも唯一無二。(身の)したは、ふわあ、しっとり、ねっとり、とろり。もっていかれる。うなぎのおいしさにさらわれていく」▼歌人の穂村弘さんは自らの読書日記「きっとあの人は眠っているんだよ」(河出書房新社)の中で「読んでいると、お腹(なか)が減ってくる本がある」と書いている▼その一つが世界の食文化に通じたエッセイスト、平松洋子さんの冒頭の文章である。紀州備長炭でこんがりと焼かれたかば焼きの描写は、読者も垂涎(すいぜん)を禁じ得ない▼ウナギの話といえば、通常なら夏の土用丑(うし)の日あたりが定番。春先から俎上(そじょう)に載せるのはやや気が早い。しかし激減が危惧されるニホンウナギの稚魚に厄介な事実が判明した▼出所が怪しい香港産のシラスウナギが昨年末から日本に計6トンも輸入されていたという。香港にシラス漁の実態はほとんどなく、輸出禁止の台湾などから不法に持ち出された可能性が高いらしい▼何しろニホンウナギは絶滅の恐れがある。そこに違法取引の疑いが浮上したならば、ワシントン条約締約国から日本の輸入に厳しい声が出るのは必至▼ウナギは今までも生産や流通の不透明さ、かば焼きの大量廃棄などが指摘されてきた。このまま放置すれば、ウナギを食べられない日も遠からず。日本の食文化、食エッセーを代表する存在がピンチに立たされる。

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