◆久しぶりにお雛様を出しました

 ‘今年こそは虫干しを兼ねてでもお雛様を出さないと!’と娘に言われました。言われてみると最後にお雛様を出したのはいつだったのかも思い出せないくらい前のことなのです。‘そうだね、出さないといけないね’と、一応返事はしたものの、今年は孫たちの高校、大学の入試を控えていてお雛様を出す境地にまではなかなかなれない日々だったのです。それでも、せめてお内裏様とお雛様だけでも出しておかなければと思ってようやく箱から出せたのは、すでに3月3日になってしまっていました。

 常識的には、お雛様は、時期を過ぎていつまでも飾っておいては娘の婚期が遅れるのでよくないといわれているそうです。しかし、今日では晩婚の人も多くあまり通用しないことでもあるように思えるのですが。老舗の人形店に嫁がれている高校時代の同級生から、‘お雛さんはそんなにあわててしまわなくってもずっと飾っておいてもいいよ’ということをずっと以前に聞いているのです。そして、実際にその同級生の本宅にも寄せていただき3月3日を過ぎても飾ってあるお雛さんを見せていただいているのです。

 今回、たまたま従妹と通りを歩いていると、通りすがりにそのお店のショウウインドウに飾られている五月の節句の甲冑の飾り付けが目に留まりました。現代的感覚が加味されながらも、文化的造詣の深さが背後に感じられるとても素敵な飾りつけなのです。暖かくなってこれから再開始しなければならない従妹の実家の始末すべきもののなかに兜もあって、そのこともずっと気にかかっていたからです。

 お店に寄らせていただき、同級生にお雛様のことを確かめると、旧暦の雛祭に出し、桜が散る頃まで飾っておくということでした。‘ひいな遊びだから’とも付け加えられました。その‘ひいな遊び’だからという言葉がちょっと気になりました。『ホツマツタヱ』に書かれていることが思い起されたからです。もう少し詳しくお聞きしたいと思いましたが、時間的な余裕もない中でのことでしたので、何も触れないで帰ってきてしまったのです。

 ――日本の年中行事は、どれもその起源がはっきりしていませんが、雛祭の行事もその例外ではありません。……「雛」という名義に関しては、平安時代ころから貴族の子女の遊びとしておこなわれていた、ひひな遊(あそび)の「ひひな」が語源であろうとされています。

 ……雛祭は、婚礼の儀式を始められた大濡煮(うひぢにの)尊、少濡煮(すひぢにの)尊の幼名、桃雛木(ももひなき)、桃雛実(ももひなみの)尊の[ヒナ]の祭りであり、人形はその二神の伊勢の道の姿、夫婦和合する男神(キ)女神(ミ)の姿を表現したものなのであり、雛壇は宮中を表しているといえるのではないでしょうか。雛祭の行事の本質は、夫婦の道の普及と、大濡煮、少濡煮信仰にあったと思われます。また雛祭と、天児(あまがつ)の関係は、
 雛祭――婚礼
 天児(あまがつ)――形代――嫁入り前の先駆け
 天児が、嫁入り前の先駆けとして、嫁に代わり、怨念を受けるという、婚礼とごく密接な関係にあることから、後世、婚礼の儀式としての雛祭と、婚礼に関わる祓いの行事としての天児(あまがつ)人形が習合したとしても、まったく不思議はないと思われます。――

 と『言霊――ホツマ』(鳥居礼 たま出版)には書かれているのです。

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