「本屋大賞2019年」の発表が4月9日に迫っている。身近な目利きである書店員が、今一番売りたいと思っているのはどの本なのか。発表を前に、共同通信文化部の文芸担当記者2人がノミネート作について語り合った。

森原龍介(以下、森原) 本屋大賞発表1カ月前ですが、今回の候補作10作を並べてみて、印象はどうですか?

瀬木広哉(以下、瀬木) そうですね。キャリアの長いベテランから最近活躍の目立つ気鋭まで、ジャンルもミステリーから人間ドラマまで、幅広くそろった印象ですね。個人的に印象深い作品は?

森原 小野寺史宜さんの「ひと」です。高校生のときに父親を亡くし、母親も20歳で亡くした青年が主人公。舞台は東京都江東区の砂町銀座という有名な下町の商店街。実はその辺に住んでいたことがあるのですが、ちょっとした立ち食いができるお総菜屋さんとかが並ぶ庶民的な商店街です。主人公がまさにそこで働きながら立ち直っていくというハートウォーミングな物語で、本屋大賞らしいなと感じます。

瀬木 僕は伊坂幸太郎さんの「フーガはユーガ」が印象に残っています。主人公は双子の兄弟。誕生日にだけお互いの居る場所にそれぞれ瞬間移動して入れ替わるという奇妙な現象が物語を駆動させます。繰り返し描かれるのは、この双子やその周囲の人々が被る暴力、特に親からの暴力で、この「入れ替わり」を巧みに利用しながら、双子が暴力に立ち向かっていきます。苦しみの多い世界の中で家族や友人の深いきずなを描く伊坂さんらしい一作で、「重力ピエロ」「アヒルと鴨のコインロッカー」といった初期作品に手ざわりがどこか似た、デビュー20年近い人気作家の原点回帰作とも言えます。

森原 伊坂さんは、2008年に「ゴールデンスランバー」で本屋大賞を受賞しています。恩田陸さんが「夜のピクニック」と「蜜蜂と遠雷」で2回受賞をしていますから、同じく「舟を編む」ですでに大賞を受賞している三浦しをんさんとともに、常連組がどこまで票を伸ばすかが注目です。常連組では、森見登美彦さんも過去に何度もノミネートされた、書店員人気の高い作家です。でも、そもそも本屋大賞らしい作品とはどういう作品なんでしょうね。

瀬木 一つ確実に言えるのは、直木賞といった作家が選考委員を務める文学賞とは基準が違うということですよね。

森原 本屋大賞は、文学賞から漏れてしまうような、それでいて良質な作品を書店がプッシュしたいと考えたところからスタートしています。当初は「打倒、直木賞」をうたったこともあります。売り上げについてはもはや、本屋大賞の方が影響力を持っているのが現状で、出版界において無視できないどころか、ときに業界を振り回すほどの存在感があります。

瀬木 一般的な文学賞ではやはり文学性とかテーマ性とか、あるいは社会性といった点も評価の重要なポイントになっていると思いますが、本屋大賞は書店員が選ぶ賞なので、もっと読者目線で、面白かったとか、わくわくしたとか、感動したといった、より等身大の読書の喜びを軸にしている感じはしますよね。三浦しをんさんのノミネート作「愛なき世界」は、大学の研究室を舞台に、そこに出前を届ける青年と研究者の女性を描く、みずみずしい恋愛小説です。辞書の編集部を舞台にした本屋大賞受賞作「舟を編む」にも通じる物語世界で、僕はこういう作品はとっても本屋大賞らしいなと思いました。ノミネート常連組以外で目新しいのは知念実希人さん、芦沢央さん辺りですよね。

森原 2人ともこのところ注目されている気鋭のミステリー作家です。芦沢さんの「火のないところに煙は」の主人公は、著者と同名の作家。ホラー短編を書いた作家が、奇妙な出来事に巻き込まれていくという「フェイクドキュメンタリー」仕立てで刺激的です。一方、知念さんの「ひとつむぎの手」は、若手の心臓外科医が主人公のお仕事小説。過労の問題や職場での性差別など現代的なテーマを扱いながら、等身大の医師の姿を描いていて、書店に限らず、日々働いている多くの人の共感を得る作品だと思います。一方、深緑野分の「ベルリンは晴れているか」は直木賞候補にもなりましたが、僕はノミネートを少し意外に感じました。戦後間もないドイツが舞台というので、とっつきにくい部分もあるのでは、と思っていました。個人的にはとても好きですけど。

瀬木 深緑さんは、僕も少し意外に感じました。ただ、ミステリーファンの間での評価はとっても高いですよね。確かに戦後のドイツが舞台で日本人が誰も出てこなくて、聞き慣れない地名が頻出する作品にやや戸惑う読者もいるかもしれませんが、ユダヤ人への迫害に消極的にでも荷担してしまった少女と元俳優のこそ泥男の2人の奇妙な道行きを描くロードノベル風のミステリーは、この先どうなるんだろうと読者を引き込みますよね。エンターテインメント性と社会性をうまく両立させた作品で、もし受賞すれば本屋大賞に新たな1ページが加わるかもしれません。

森原 そういえば、深緑さんはもともと書店員なんですよね。けっこうマニアックな北欧ミステリーをたくさん売るなど、活躍していたそうで、投票した書店員も案外、身近に感じているかもしれません。あと、エンターテインメント性と社会性の両立という点では、平野啓一郎さんの「ある男」もそうですよね。自分とは何かというアイデンティティーをめぐる純文学的なモチーフをミステリー仕立てで軽快に読ませる手腕は見事でした。本屋大賞はエンターテインメント作家の主戦場ですが、前作の「マチネの終わりに」に続き、「ある男」も読者の幅を広げた作品なので、本屋大賞を受賞したとしても意外ではないでしょう。

瀬木 中村文則さんなどもそうですが、純文学の書き手としてキャリアをスタートさせた作家がエンターテインメント小説に接近していくケースは近年増えていますよね。かつては中間小説というジャンルもありはしましたが、そういう意味では純文学の書き手が本屋大賞に名を連ねていくケースはますます増えていくかもしれませんね。森見登美彦さんも、必ずしもエンターテインメントの書き手とは言い切れない中間的存在のように感じます。「熱帯」も「千一夜物語」に着想を得た、本とは何か、物語は何か、読むとは何かといった根源的な問いを突き詰めた一作で、「奇書」と呼んでもいいかもしれません。それだけ実験的な試みをしていながら楽しく読ませてしまう森見さん特有なポップな文章の魅力はさすがだなと感じます。意外にもこれまで大賞は受けていませんし、ここしばらく書きあぐねて苦しんでいた作家でもあるので、ここで受賞すれば弾みが付くかもしれませんね。

森原 書きあぐねていたわけではないと思いますが、瀬尾まいこさんもデビュー作「卵の緒」や映画化もされた「幸福な食卓」で注目はされたものの、決して目立つ作家ではありませんでした。今回ノミネートされた「そして、バトンは渡された」も、昨年の山本周五郎賞候補に選ばれましたが、「大人の小説として弱い」と選考委員から厳しい評価を受けました。血のつながらない親の下を転々としながら「困った。全然不幸ではないのだ」と主人公が語りだす、明るく善意に満ちた物語です。こういう作品が、ある種の希望のように感じられる場面はあると思います

瀬木 木皿さんは大ヒットした「昨夜のカレー、明日のパン」以来、5年ぶり2作目の小説。両作とも本屋大賞にノミネートされています。個人名みたいですが、脚本家夫婦が2人で執筆しています。テレビドラマの世界で活躍していて、「野ブタ。をプロデュース」「Q10」などで知られています

森原 今作も、NHKドラマ「富士ファミリー」と共通する設定で書かれています。肉親の死を描きながら、不思議な明るさが感じられる作品でした。ともあれ候補全体を見ると、一見して、突出した作品がないようにも思えます。ですが、それこそが本屋大賞らしいところかもしれません。もともとは書店員がこれだと思う本を発掘して売り伸ばすための賞ですし、3年前に大賞を受賞した宮下奈都さんの「羊と鋼の森」が初版6500部からベストセラーになったことも記憶に新しいところです。

瀬木 一時、和田竜の「村上海賊の娘」や百田尚樹「海賊と呼ばれた男」など上下巻の大作が続いた時期がありましたよね。過去の大賞発表会では、登壇した書店員が「次回はぜひ上中下巻で」と話すのを目にしたこともあります。本屋大賞は書店員が売りたい本を選ぶ賞ですが、どこかで読み手としての純粋さみたいなものを感じさせてくれないと、売りたいとはそういうこと?とついうがった見方をしてしまいます。ああ、知らなかったけどこんなに良質な作品があったんだ、という感慨を読者に与えてくれるような作品を積極的に送り出していくことで、賞の存在感はますます増していくのではないでしょうか。

森原 たしかに、ボリュームのある大作が続いた時期がありましたが、そういった分厚い作品がやや読者に敬遠される傾向もあります。近年では本屋大賞受賞作といえども、100万部を超えるようなベストセラーはなく、勢いに陰りが出てきている印象もあります。一時は、出版社の営業担当者や著者自身が本屋大賞に向け各地の書店を訪れてアピールする動きが激しくあったと聞きますし、出版社からは「どぶ板選挙」「戸別訪問」といった言葉を耳にすることもありました。今回のような、一見すると地味なラインナップの中から「この1作」という意気込みで押し出していくことが、本屋大賞の原点回帰につながるのなら、喜ばしいと思います。

瀬木 読者目線での賞とプロの読み手が選ぶ文学賞との両方がある状態というのは、とても健全だと思います。その一翼を担うのは間違いなく本屋大賞なので、心意気ある書店員さんたちに今後も期待したいですね。

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