巨人戦の3回、田中俊の右飛を三塁に好返球するマリナーズのイチロー=東京ドーム

 イチローが最初の打席に立つと、東京ドームが水を打ったように静まり返った。

 みんな、スマートフォンの操作に集中していたのかもしれないが、私には背番号「51」の一挙手一投足を見逃さないよう、観客が息をひそめているように思えた。

 3月18日、シアトル・マリナーズ対巨人のプレシーズンゲームが行われ、イチローは前日に引き続き、9番ライトで出場した。

 イチローが1回裏の守備位置につく時、ダッグアウトからグラウンドに姿を現すだけで大きな歓声が沸いただけに、打順が回ってきた時に場内が静かになったことが、かえって興味深かった。

 オープン戦ではしばらくヒットが出ていないため、「なんとかヒットが出てほしい」という願いが込められていたかもしれない。

 しかし、この日もバットから快音が響くことはなく、3打数ヒットなしという結果に終わった。

 それでもマリナーズのサービス監督は、「彼には心を躍らされるね。確かに、スプリング・トレーニングでは打撃の方は振るわなかったが2、3日で流れを変えられるのがイチローだろう」と話し、20日のオークランド・アスレチックスとの開幕戦には先発で出場させると明言した。

 実はここ数日、シアトルのメディアは東京での開幕戦後のイチローの去就、処遇についての報道が目につく。

 「シアトル・タイムズ」のライアン・ディビッシュ記者は「関係者によれば、東京での試合が終わり、どこかのタイミングでイチローを登録40人枠から外す見込みだ」と伝えている。

 2001年(イチローがマリナーズに移籍した年である)以来、ポストシーズン進出がないマリナーズは、シーズンオフに大胆な再建策を打ち出し、中心選手をあらかた放出して、若手主体のチームに切り替えている。

 地元メディアでさえ「2019年のポストシーズン進出は、開幕前の段階ですでに絶望的」と書くほどだ。

 将来を見据えたチーム作りが行われている状況で、イチローの居場所は見つけにくい。

 しかし、イチロー自身は身の振り方については一切コメントを出しておらず、アメリカ時間3月28日の開幕までに、どんな動きがあるか想像もつかない。

 それでも、18日の巨人戦の三回裏無死二塁の場面で、巨人・田中俊のライトフライをキャッチしたイチローは、三塁へ矢のような送球を見せた。

 マリナーズの三塁手ヒーリーは一歩も動かず、グラブも動かすことなく、イチローからの返球をキャッチした。チームメートも思わず笑顔を見せた素晴らしい送球だった。

 “レーザービーム”は、いまだ衰え知らず。

 イチローが重ねてきた鍛錬、体のメインテナンスに莫大な時間を費やしてきたことが、その送球に表現されていた。

 プロだけが見せられる、芸術的な瞬間だった。

生島 淳(いくしま・じゅん)プロフィル

1967年、宮城県気仙沼市生まれ。早大を卒業後広告代理店に勤務し、99年にスポーツライターとして独立。五輪、ラグビー、駅伝など国内外のスポーツを幅広く取材。米プロスポーツにも精通し、テレビ番組のキャスターも務める。黒田博樹ら元大リーガーの本の構成も手がけている。

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