【越山若水】作家の佐藤愛子さんは昔、強盗に入られたことがある。拳銃と短刀の両方を用意し、大きなマスクとサングラスで顔を隠した「正式ないでたち」の二十代の男だった▼同居していた甥(おい)夫婦を縛り上げた後、お昼を食べようとしていた佐藤さんの居室へ。男は何度も本人なのかと確かめた。あまりにしつこいので、こう叱咤(しった)した▼「それがどうした」。佐藤さんは結局、庭の高い塀を跳び越えて逃げおおせた。といった事件のいきさつが「あの日の『徹子の部屋』」(朝日文庫)に載っている▼黒柳徹子さんの対談番組を記録した本である。佐藤さんの回は、本人確認を繰り返した強盗の心理が白眉。「これが本物であろうかと驚いたのかもしれない」と、誉れ高い美人が自嘲するのが楽しい▼そこへいくと「アポ電」強盗のニュースは、みじんも救いがない。あらかじめ電話をかけ、家族構成や現金の有る無しを確かめた上で高齢者宅に押し入る▼東京都江東区のマンションでは、80歳の女性が両手足を縛られ顔の辺りを粘着テープで巻かれて窒息死させられた。男3人が逮捕されたが、容疑を否認しているという▼先の佐藤さんにはほかにも、見知らぬ女を泊めて大金を盗まれたといった逸話がある。不審な電話も喜んで取った。「よくも殺されずにいる」と語ってからも長寿を延ばし、いま95歳。殺伐とした世の奇跡だ。

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