【越山若水】気持ちだけはありがたく頂く、といった心境だろうか。親が付けてくれた「王子様(おうじさま)」から「肇(はじめ)」へ、山梨県内の高校3年生が改名を申し立て、甲府家裁が認めた▼名付けへの母の思い、彼が味わってきた嫌な経験は記事に譲ろう。奇抜な「キラキラネーム」がどんなに罪作りかという指摘も、もういまさら言うまでもない▼つい興味を引かれたのは彼が新しい名前に「肇」の漢字を選んだ理由だ。明治生まれのマルクス経済学者、河上肇にちなむという。驚いた。著名人とはいえ、いまの若者から聞こうとは▼河上といえば名著「貧乏物語」がある。「驚くべきは現時の文明国における多数人の貧乏である」と本文を書き出し、英米独仏の貧富格差に注目している▼いくら働いても衣食さえ満足に得られない最貧者が「六割五分」いる一方で、「二分」は遊んで暮らす。彼らの所有する富は英国では全体の富の「約七割二分」に相当する―などと憤慨している▼「肇」に改名した彼は、恵まれない人々の側に立つ河上に共感しているという。肇君の目にはたぶん100年余り前の西洋といまの日本とが二重写しになっているのだろう▼河上の警句をかみしめてみよう。「金さえあれば地獄に落つべきものも極楽に往生ができるが、金がなくては極楽にゆくべきものも地獄に落ちねばならぬのが、今の世の中…」。現代をや。

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