「重機ボランティア隊」の一員として復旧作業に当たった辻猛さん(右)。中央は山田満さん。後方の緑色のカバーに覆われているのは「奇跡の一本松」=2011年6月、岩手県陸前高田市

 東日本大震災で被災した岩手県陸前高田市の支援を7年にわたって続け、昨春にがんで亡くなった福井県越前市の辻猛さん=享年(69)=の生前の願いをかなえようと、一緒に支援や交流を続けてきたダンプカーの運転手仲間が陸前高田市行きを計画している。辻さんの妻とともに5月上旬に訪問し、同市の復興の象徴であるマツの植樹を行う。

 全日本建設交運一般労働組合(建交労)北陸ダンプ支部委員長だった辻さんは2011年5、6月の2回、「重機ボランティア隊」として同支部嶺北分会のメンバーらと被災間もない陸前高田市に入り、テントに寝泊まりしながらがれき撤去などの復旧作業に当たった。その後も私財を投じて食料品や灯油をダンプで運んで配ったり、現地で屋台を並べた交流イベントを開いたり、被災地訪問は16年6月まで計18回を数えた。

 被災者からは「福井の親分」と慕われ、辻さんが取りまとめていた同支部による被災農家の特産リンゴ購入は現在も続いている。

 今回の訪問は、嶺北分会副委員長の山田満さん(51)が立案。元来は辻さんを連れて昨年5月に行く計画だった。「奇跡の一本松」を残し、約7万本のマツが津波で流された同市の「高田松原」は再生の取り組みが進められており、現地での植樹は辻さんの訪問を知った住民からの呼び掛けで予定されていた。

 しかし、辻さんが同3月30日に亡くなり実現せず、改めて計画を立て、今年5月3~5日に辻さんの妻、ひでみさん(60)を連れて嶺北分会のメンバーらで行くことを決めた。交流してきた同市2地区の住民との懇親会も行う。

 山田さんが昨年2月、同市行きの計画を辻さんに伝えた際は、涙を流して喜んだという。山田さんは「生きているうちに連れて行けなかった悔いがずっと残っていた。辻さんは今回の訪問をどこかで見てくれると思う」。ひでみさんは「夫は、陸前高田のみんなのことをいつも気にしていた。代わりに自分が現地の人とたくさん話ができれば」と訪問を楽しみにしている。

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