◆春の訪れ

 ‘冴え返る  また冴え返る・・・・。’

 車を走らせていてラジオから流れてくる句に思わず聞き耳を立てる。

 立春も過ぎて、春を目の前にしながらの大変な寒さが続いた毎日。こうした時期の季語として「冴え返る」という季語を使った句に応募した作品の紹介です。

 奈良の東大寺のお水取りの行事が終わるまでは、毎年「三寒四温」とも言われているように、春の訪れのもどかしいこの時期です。が、昨年は大雪。今年はほとんど雪もなくとてもありがたい年であったにもかかわらず、年を取ったせいもあるのでしょうか、これまでの日々のその寒さは、昨年にも増して「冴え返る」の季語がピタリとあてはまるほどに寒さが身に沁みた年のように感じられました。

 しかし、そんな厳しい寒さの中でも畑に行って見ると春の訪れは既に感じられ、自然界や畑の作物の蕪などの内側では、その準備はもう既に始まっているのです。

 ‘今日は妹の誕生日だからメールを送ったら’とドイツに住む末娘の誕生日へのメールをしきりに促す長女。子どもたちが小さい間はその誕生日を祝っても、大人になってまでも誕生日を祝う習慣のあまり身についてない私たちにおいては、ことさらみな同じ月生まれである子どもたちの正確な誕生日までもは、記憶に危うい次第なのです。

 ようやく夜になって、孫たちとみんなで寄せ書きでメールを送りました。

 遠く離れて外国で暮らす娘にとってはことのほかうれしかったようで、‘私の誕生日を覚えてくれていてありがとう’という早速の返事のメール。ドイツでは、各家庭でケーキを焼くということはことのほか重視されているようです。この日はお婿さんが娘のためにケーキを焼いてくれたということです。一般的にはまだ日本人では考えられないことかもしれません。

 ドイツのケーキというと実に重く、大きいケーキなのです。きっとその大きなケーキを焼いてくれたのでしょう。そして孫は、娘の裁縫箱をあさり、フエルトで鞄を縫ってプレゼントしたということです。‘もうこんな事ができるようになったのかと感動した’とメールに書かれてありました。

 シュタイナー幼稚園では、活動で縫ったりもするので、自然にできるようになっていたのでしょう。そんな娘のためにケーキを焼いてくれるお婿さんや、鞄を縫ってプレゼントする孫に感謝の思いで一杯でした。

 かつて、娘たち夫婦が私たちにプレゼントとして一緒に行ってくれたベネチアへの10時間のバス旅行のことが思い出されてきました。(なぜ飛行機で行かないの?と聞かれたりもしましたが)。私の誕生日に、ドイツからは孫が画用紙の両面に絵を描いて送ってきてくれていました。黒をバックの絵だったので、孫の心理状態がちょっとうまく読み取れなかったのです。しかし、添えられた娘の手紙には、ドイツで行われた花火を描いたという説明があり、それで納得でした。夜空に大きな多角形の中にいっぱいに開く花火が書かれていて、もうこんな多角形も書かれるようになったのかと思ったのです。そして‘おばあちゃんの誕生日にまた飛行機でビューンと日本に行こう’と言ってくれたというのです。その言葉だけで何よりの嬉しいプレゼントだと返答しておいたのです。

 ‘今日は朝から私の「育児日記」を読み返していました。…’とも書かれていました。それを読んで、書いた親としての私は胸が少し詰まる思いと共に、ちょっと冷や汗ものでした。はてさてどこまできちんと書いてあるのやら。でも子どもが大人になってもいつまでも手元に置き、こうした思いで「育児日記」に向き合ってくれていることを直接知らされると、本人にとっての「育児日記」のその意味の重さを今更ながらに思い知らされるおもいでもありました。

 子どもたちの「育児日記」として使用したものは、日本で初めての婦人記者であった羽仁もと子創設の「自由学園」でも知られている「婦人の友社」から出ている「育児日記」でした。3歳までの成長が詳細に記録できる内容的にはとても配慮されているものでした。

 私の母は、戦前の海外暮らし(南洋)のなかでどなたからか情報を得たのでしょうか、戦前からの「婦人の友」の愛読者で「婦人の友」をずっと生涯購読しておりました。そしてその本の基底となる思想や衣食住の生活全般にわたって細やかな配慮の行き届いた内容を日々の生活や私たちの育児、教育において参考にしたり、拠り所としたりもしていたようでした。

 そうした母の影響もあって、「婦人の友」は幼い頃から私にとっては、いつも傍らにあった本でもあったのです。絵入りの子どものためのページもあったように思うのですが、親が子どもに読み聞かせるためのページだったのか、子どもの私には、読みたくても全く入り込める余地のない、高尚で少し手堅く手の届かない思いが感じられる本でもありました。

 今にして思えば、そうしたことがベースとなって、必然的に「婦人の友社」の「育児日記」を選び、私の子育てにおいてもそこから出ている育児書なども参考として使わせていただいておりました。日本での「自由学園」は「シュタイナー教育」とも似通ったところがあるともいわれますので、私にとって、シュタイナー教育との出会いは必然だったのかもしれないともおもうのです。

 娘たちは、ドイツにシュタイナー学校が最初に設立され、シュタイナー教育においてはメッカと言ってもいいところに住んでいますので、良いシュタイナー学校にも恵まれているようなのですが、9月からの孫の学校選びにその面接を受け、公立学校に入れようか、シュタイナー学校に入れようかとても悩んでいるというのです。

 「シュタイナーの思想や人間学を基底にした人間教育においての理想を目指して設立されているシュタイナー学校」と「一般の現実社会に適応していくための公立学校」のはざまに立たされた就学前の子を持つ親の深刻な悩みでもあるようです。

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