石田縞の製品見本。学校ごとに縞模様はさまざまだ(福井県鯖江市まなべの館蔵)

 福井県鯖江市で生まれ、明治から昭和初期にかけて県内で隆盛した木綿織物「石田縞(じま)」。多くの女学校や小学校で制服に採用されたことから「学校縞」とも呼ばれた。

 石田縞は、江戸末期に現在の石田下町の高島善左衛門によって始められた。はっきりとした縞模様や軽くて丈夫な点が特徴だ。安価で普段着や寝具地として普及した。

 学校縞は1906(明治39)年に県師範学校で採用されたのを皮切りに、33(昭和8)年ごろまで使われた。最盛期には嶺北を中心に約30校で採用。だがセーラー服の登場で衰退していった。

 市まなべの館には学校縞の見本が保管されている。縦縞模様といってもさまざまで、縞柄でどこの生徒か分かったという。石田縞の市指定無形文化財技術保持者、山本かよ子さん(84)は「学校縞は憧れであり、女学生たちの誇りだったとも聞く」と話す。

 「幻の縞」と呼ばれるほどに消滅した石田縞は72年、伝統織物を後世に伝えたいとの思いから山本さんが友人と2人で復元した。活動の輪は広がり、市や市繊維協会も後押し。2009年には手織り体験ができる石田縞手織りセンターが市内に開設された。

 石田縞には誕生から終焉、復元とさまざまなドラマがある。山本さんは「鯖江の繊維産業の基礎をつくった一つ。伝統を伝える責任がある」と力を込めた。

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