どこから見てもまじめなサラリーマンにしか見えない浩二さん(仮名)の意外な過去とは(筆者撮影)
会社員一本、あるいは副業をしている人、結婚して家庭に入った人、夫婦共働きの人、事業を起こした人、フリーランスで活動している人など、人によってその働き方はさまざまだ。

一般的に30歳は節目の年と言われている。今の30歳は1988年、1989年生まれ。昭和生まれ最後と、平成最初の世代でもある。物心がついたときにはバブルが崩壊し、その後は長い不況にさらされる。就職活動を始める時期にはリーマンショックが起こり、なかなか内定が出ない人も多かった。また、「ゆとり世代」のはしりでもある。

景気の良い時代を知らない現在の30歳は、お金に関してどんな価値観を抱いているのか。大成功をした著名な人ばかり注目されがちだが、等身大の人にこそ共感が集まる時代でもある。30歳とお金の向き合い方について洗い出す連載、第7回。

マクドナルドさえなかった田舎で育つ

機械メーカーで営業職として働く浩二さん(仮名)。どこからどう見てもまじめなサラリーマンにしか見えない。取材時は「ボーナスが入ったばかりだ」と語っていた。北陸地方の外れに生まれ、3人兄弟の末っ子。子どもの頃は祖父と祖母の7人家族という、田舎にありがちな家族構成だった。両親は上の2人の育児に疲れたのか、やや放任気味に育てられたと振り返る。

 

「いちばん上の姉とは8歳も離れているので、親ももう、気合を入れて子育てをしなかったみたいです(笑)。お小遣いは高校に入るまでもらっていませんでした。お年玉や、親戚のおっちゃんがたまに遊びに来た際にもらったお金でやり繰りしていました。でも、なんせ田舎なので、外で虫を追いかけて遊んだりしていて、あまり欲しいものに出合わなかったんですよね。マクドナルドのCMを見て、ハッピーセットのおもちゃが欲しいと思ったくらい。地元にはマクドナルドもなかったので(笑)」

中高時代はサッカー部に入部して練習に明け暮れた。また、高校はサッカーの強豪校であり、部員は全員寮生活を送るルールだった。しかし、土日は帰宅させられ、その際に1週間分のお小遣いとして親に500円をもらった。学校と寮とを行き来するだけでお金を使う機会がないので、寮で出る食事が足りないときのみ、購買で100円のパンを買って食べた。数少ない休みの日には、県庁所在地まで電車で1時間ほどかけて出ていき、貯めていたお年玉で当時流行中の服を買った。

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