初優勝を果たし、記念撮影する福島の選手ら=広島・平和記念公園

 1月20日、広島市で行われた全国都道府県対抗男子駅伝で、福島県が初優勝した。

 東北勢としても初めての優勝だが、関係者がとても喜んでいたのが印象的だった。

 歴史的に見ても、福島県は長距離の名選手を輩出してきた。

 1964年の東京オリンピックの男子マラソンで銅メダルを獲得した円谷幸吉は、須賀川市の出身。箱根駅伝で「山の神」と呼ばれた二人の選手、今井正人は小高町(現南相馬市)、柏原竜二はいわき市の出身だ。

 また、多くの指導者も輩出しており、箱根駅伝を例にとれば、東洋大の酒井俊幸監督は学法石川高、駒澤大の大八木弘明監督は会津工高、早稲田大の相楽豊監督は安積高の出身で、学生の育成に力を注いでいる。

 なぜ、福島県はこれだけの人材を輩出できたのだろうか。

 大きいのは「ふくしま駅伝」の存在だ。福島県陸上競技協会、福島民報社の主催によるふくしま駅伝は、福島県のスポーツ振興、各市町村の「ふるさとおこし」を目的に1989に始まった。

 ふくしま駅伝がユニークなのは、自治体ごとにチームが編成され、男女混合、中学生からシニアまでが一緒にタスキをつなぐことだ。

 11月の開催間近になると新聞、テレビがチームを取り上げ、市町村ごとにムードが盛り上がっていく。

 強化の面から見ていくと、大会発足当時、1995年に開催を控えた「ふくしま国体」に向け、中・長距離選手の育成の狙いもあった。

 その流れのなかで、中学時代に他の競技に取り組んでいたとしても、ふくしま駅伝のメンバーに選出されことで高校からは陸上部に入り、大学まで競技を続けて箱根駅伝を走ったランナーもいる。

 今、日本のスポーツ界でも「タレント・トランスファー」と呼ばれる、自分にとって最適の競技を探す試みが行われているが、ふくしま駅伝は結果として、陸上長距離に向いている選手を発掘する仕組みを用意していたことになる。

 昨今では、中学生区間で傑出した記録を残した選手が県内の有力校である学法石川高に進み、競技力を伸ばして関東の大学や実業団に進むケースが目立ってきた。

 今回の全国都道府県対抗男子駅伝では、高校生の3区間はすべて学法石川の在校生、そして一般の2区間は阿部弘輝(明治大)、相澤晃(東洋大)という二人の卒業生が走り、地元では「ガクセキ」と呼ばれる学法石川の力が十全に発揮されての初優勝となった。

 2011年に起きた東日本大震災から、間もなく8年。福島にとっては苦難の時が流れてきたが、福島で生まれ育った選手たちが勝ち取った優勝には大きな意味がある。

 そしてそれは偶然ではなく、ふくしま駅伝という強化の仕組みがあったからこそ、成し遂げられたものだった。

生島 淳(いくしま・じゅん)プロフィル

1967年、宮城県気仙沼市で生まれ。早大を卒業後広告代理店に勤務し、99年にスポーツライターとして独立。五輪、ラグビー、駅伝など国内外のスポーツを幅広く取材。米プロスポーツにも精通し、テレビ番組のキャスターも務める。黒田博樹ら元大リーガーの本の構成も手がけている。

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