近代日本の名作文学はどのようなプロセスを経て書かれ、活字となり、修正されていったか。創作の背後にある試行錯誤の軌跡を作家の手書き原稿や校正刷りを手がかりにたどった実にスリリングな資料だ。

 東京・駒場にある日本近代文学館の2017年度冬季企画展を書籍化したもので、展示した原稿やノート、メモ類をオールカラーで掲載している。

 作家は小説を書き始めるまでに関連資料の収集や取材、構想に多くの時間を費やす。実際の事件を題材にした井上靖「氷壁」の取材メモは詳細を極め、夏目漱石「それから」の構想メモは脚本のハコ書きか設計図のように緻密だ。

 原稿の推敲は著者自らによる添削だけではない。「瀧の白糸」の名で戯曲化された泉鏡花の小説「義血侠血」は師の尾崎紅葉の手で原形をとどめないほど手直しされ、芥川龍之介の短編「蜘蛛の糸」は兄弟子の鈴木三重吉の手がかなり入っている。赤字だらけの原稿を見ると、孤独な創作イメージや屹立した作家像が打ち砕かれる。

 作品は発表後も変貌する。川端康成「雪国」の有名な書き出しは初出誌では全く異なり、川端は刊行後も亡くなる直前まで36年間にわたり改訂を続けた。井伏鱒二の「山椒魚」は刊行から半世紀以上経った全集収録時に結末部分がざっくり削除された。

 一編の小説が変化、成長していく姿を追うと、作家たちの肉声が聞こえてくるようだ。「違う、違う」「これでどうだ!」と。ワープロの時代、その声はずいぶん聞き取りづらくなった。

(秀明大学出版会 2500円+税)=片岡義博

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