福井県内の合併

 ▽意見まとまらず

 福井市は合併を権限拡大の機会と捉え、市長としてけん引した酒井哲夫(84)は「願わくば中核市になれれば」と考えていた。福井市の人口は約25万人。あと5万人で中核市になるための当時の要件を満たす。先行協議していた同市と清水町、美山町、越廼村の人口は合わせて約27万人だったが、そこに人口約6万人の鯖江市が加わった。

 しかし意見がまとまらなかった鯖江市は協議を離脱。住民間の激しい対立を生み、市長のリコール(解職請求)にまで発展した。合併協議会は解散に追い込まれ、残った4市町村で改めて仕切り直すことになった。福井市が鯖江市に配慮して掲げていた「対等」から、3町村が福井市に吸収される「編入」に形態も変わった。

 ▽止まらない人口減少

 合併後、福井市は中心部の大型事業に多くの予算を投入してきた。一方で、清水町が新福井市に整備計画を引き継いだ公園「清水きららの森」は、18年7月にようやく完成。清水町助役だった田嶋久士(78)は「ちょっと遅かったが、こちらは周辺部。福井市になるとはこういうことだろう」とつぶやいた。

 平成の大合併とは何だったのか。美山町助役だった石田一司(76)は「昭和の大合併は、自治体規模が拡大しても不自由がなかった。でも平成は違った。規模が大きくなっても人口は減っていく」と話し、成熟社会に入った平成という時代をかじ取りする難しさをにじませた。

 合併推進のきっかけは国の財政難だったとしても、決してそれだけではなかったと高木は語る。「超高齢社会に向け、社会福祉対策など新しい事務がどんどん増え、複雑高度化していく。職員が少なく1人が何役もこなさなければならない小さな自治体では対応できなかったはず」と考えるからだ。

 県内では、池田町などが単独での存続を選択した。刀禰は言う。「人口減は止まらず、越廼地区で見ればむしろ進んでいる。単独村でいた方が恩恵があったのではと思うこともあり、必ずしもそうとは限らないと思うこともある。ただ住民にとって慣れ親しんできた村が一つなくなったことは間違いない」

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