大相撲夏巡業の勝山場所で鶴竜を寄り切る稀勢の里(右)=2018年7月31日、福井県勝山市体育館ジオアリーナ

 1月16日に引退が決まった稀勢の里の土俵人生は新横綱で登場した2017年3月の春場所で全てが暗転した。13日目に負った左上腕や左大胸筋のけがを押して出場し、奇跡的な逆転優勝。その後は後遺症に苦しみ、復活はならなかった。

 横綱日馬富士に敗れて負傷した一番。相手の突進に土俵際まで下がり、左で突き落としを狙った際に顔をゆがめた。

 その日の夜。現役時代に同様のけがを負った元幕内のある親方は「大胸筋が切れていたら復活は絶望的だ。腕の左右の動きが制限されて完治もしない。おっつけができなくなるから、今までの相撲は取れないだろう」と案じた。関係者によると、大胸筋は後に部分断裂と判明。生命線の左おっつけの威力は戻らず、致命傷となった。

 稀勢の里は最高位の責任感から翌場所も出場する。中途半端な状態のまま出場しては途中休場を繰り返し、結局は8場所連続休場の不名誉。現役時代に数々のけがと闘った浅香山親方(元大関魁皇)は「負傷直後から治療とリハビリを徹底し、半年間は全休しても良かった。本当にもったいない」と悔やみ、武蔵川親方(元横綱武蔵丸)は「暖かくて一番治りやすい夏に休んでおけば、筋肉も言うことを聞いてくれた。横綱の責任は出場ではない。勝つことだ」と判断ミスを指摘する。

 患部をかばうことで腰や足首、膝も痛める悪循環。左大胸筋は微弱電流を流して機能回復を促す医療機器が、今場所前までずっと手放せなかった。右膝負傷で7場所連続全休の横綱貴乃花は取り口の技術でけがを補って一度は復活したが、技能よりも馬力相撲の稀勢の里は歯車が狂うと軌道修正が利かなかった。“名誉の負傷”の代償はあまりに大きかった。

  ×  ×  ×

 大相撲の第72代横綱稀勢の里(32)=本名萩原寛、茨城県出身、田子ノ浦部屋=が大相撲初場所4日目の1月16日、現役を引退することが決まった。

関連記事