【越山若水】犬好きは感涙にむせんだに違いない。「あの極寒の地でよくも生きていたなあ」「何を食べていたんだろう」などなど、会話が弾んだ様子もたやすく想像できる▼南極へ越冬隊の一員として渡り、ほかの13頭とともに置き去られて1年後。タロとジロの兄弟犬が奇跡的に生きて見つかったのは、1959年1月14日だった▼きょうで60年。これまで何度も映画になったりしたので大筋はご存じだろう。何が奇跡的かといえばタロ・ジロ兄弟だけが昭和基地に生き残っていたというところ▼ほかの13頭のうち7頭は首輪につながれたまま息絶えていて、6頭は消息知れずになっていた。かわいそうな彼らとタロ・ジロを分けたものは何だったか▼2頭はともに首輪抜けが得意だったらしい。ある隊員はアザラシを兄弟が協力して捕る場面を目撃したという。つまり賢かったし運動能力も高かった。そして泣かせることに、基地を離れないでいた▼「忠犬ハチ公みたいだ」と、筆者も美談にしたいクチだ。けれど、それは人間の勝手な解釈。ガラリと立場を変え、アザラシの身になれば気付く▼恐ろしい敵の出現にほかならない。15頭の犬がつながれていたのは、だからこそだろう。それを当時の世間は猛烈に非難し、タロ・ジロの生存に大喜びした。熱はだいぶ歳月に冷まされたようだが、あんな国民的物語はもう生まれない。

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