【越山若水】「えんま帳」といえば、地獄の王である閻魔(えんま)大王が亡者の善悪を裁くため、生前の行いなどを書き留めておく帳簿のこと。転じて、教師が生徒の成績や品行を記録する帳面もそう呼んだ▼何とも怖い存在の閻魔大王だが、毎年1月と7月の16日は地獄の休日とされ、亡者たちも責め苦から免れるという。人々は閻魔堂を拝観し先祖を供養した▼文豪、夏目漱石が学生時代を過ごした東京・小石川にも「こんにゃく閻魔」という名刹(めいさつ)があった。小説「こころ」にその名が登場し、恐らく漱石も参詣したに違いない▼その御利益だろうか、漱石の成績を記入したえんま帳が見つかった。もちろんクラス最高の点数だった。旧制第一高等中学校の恩師、越前市出身の松本源太郎氏が保存していた▼論理学の試験結果とみられ「1学期80点、2学期90点」と細かい字で記されていた。松本氏は後に熊本の旧制五高教頭に就任し、漱石と同僚になって交流を深めた仲である▼思い返せば昨年、漱石と同じ船で欧州に留学した福井市出身の国文学者、芳賀矢一宛ての直筆はがきが発見された。実に100年間も所在不明だった▼さらに福井市生まれ、山崎光夫さんの「胃弱・癇癪(かんしゃく)・夏目漱石」(講談社)を読んだせいか、明治の文豪が一段と身近に感じる。生地の東京や赴任地の松山、熊本と並び、ゆかりの福井も文学史に書き加えたい。

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