【越山若水】〈大晦日(おおみそか)〉〈青空文庫〉と入力してインターネット検索をしてみたら、奇談か笑話か、と思わせる題名の小説がヒットした。「餅のタタリ」とあり、食指が動いた▼いまの群馬県辺り、上州には新年に餅を食べない地域が特に多い。その代わり三が日は普段より質素なうどんを食べる。といった前置きがあって、話が始まる▼あすは新年という夜更けである。円池(まるいけ)の平吉という家の庭で、池の氷を割る音がする。「さては鯉(こい)泥棒」。平吉が庭へ躍り出ると、釣り道具と餅が置き去られて…▼あとは読んでのお楽しみ、とさせていただこう。ともかくも謎めいて、落語のような味わいもある掌編だった。作者は「白痴」「堕落論」などの小説や評論で知られる坂口安吾▼これまであまり縁のなかった作家である。そういう人の意外な作品に出合えたのは、手軽な電子図書館・青空文庫のおかげだった。ところがきのう、残念なことが現実になった▼環太平洋連携協定(TPP)が発効し、著作権の保護期間が50年から70年に延ばされたから。青空文庫が無償公開を準備していた作品群は世に出せなくなってしまった▼坂口安吾が泉下の人になったのは1955年。その当時も著作権の保護期間が70年だったと仮定してみよう。「餅の―」に出合えるのはいまから少なくとも約7年後。わが方の寿命がもつかどうか怪しいものだ。

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