受験勉強は丸暗記しか記憶にない

再び校内順位で1番をとることは、「単純」なことでした。テスト前に、テスト勉強をするようにしました。そして、テスト範囲を教科ごとにすべて暗記しました。隅々まで。教科書やワークシートの内容を頭に詰め込み、吐き出すように回答する。ただ、それの繰り返しでした。父親は「学年1位」を嬉々として周囲に自慢し、学校での掃除をサボってふざけて遊んでいると、ある先生には「お前は勉強だけの人間だな」とみんなの前で嫌味を言われ、そんな自己像を気持ちよくすら感じていました。そして、それを維持するために、テスト前になると「テスト範囲丸暗記」に熱中していました。

それが、中学2年生になったころ、なぜだか、その「テスト範囲丸暗記」ができなくなってしまいました。教科書を読み始めても、すぐに飽きてしまって、最低限のおさらいくらいしか間に合わないようになりました。だからといって、成績がものすごく落ち込んだわけじゃなかったのですが、「学年1位」はキープできなくなりました。ちょうど、ビジュアル系バンドに傾倒し、ギターやドラムを買って音楽に夢中になりはじめた頃でした。親も先生も口をそろえてこう言いました。「勉強しなくなったな」。

はっきり言って、それは間違いです。あの頃の僕は、勉強しなくなったのではなく、「暗記しなくなった」だけです。各教科の必要なエッセンスを習得する程度には勉強していたはずです。テストでそれなりの点数もとれていたはずです。それでも、テスト範囲を丸暗記することは、なぜだかできなくなってしまって、学年1位から脱落しただけで、堕落した、サボるようになったと言われるようになり、勉強そのものがどんどんつまらない、嫌いなものになっていきました。

高校受験が近づくと、教科ごとに分厚いワークシートを配られて、試験当日までにこの範囲すべてを暗記するように言われました。つべこべ言わずに暗記しろ、というのは、テストの点数を上げるためにはある程度合理的な指導法なんだと思います。でも、そんなことは苦痛でしかなかったし、ただただ適当にやり過ごすだけでした。それでも、数学がかなり得意だったこともあって、嶺南で1番とされる高校の進学クラスに入ることはできました(当時も今も、武生高校に並ぶ偏差値がありながら、入学定員40人のところにちょうど40人しか受験しない(倍率1倍)という特殊な嶺南事情、お察しください)。

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