福井新聞社は2019年8月28日、創刊120周年を迎えます。これまで発行してきた4万1千号を超える新聞の中から、時代を象徴する紙面をピックアップして電子新聞「福井新聞D刊」で紹介します。紙面レイアウトの変遷とともに回顧していきます。

 【D刊】紙面で伝えた120年(明治32年~大正12年)

 ▽1899(明治32)年
 
 創刊号の紙面データ(1面)が残っています。社長の三田村竹四郎によるあいさつ「発刊之辞」のほか、「福井新聞の本領」、初代主筆を務めた須永金三郎の「入社之辞」が確認できます。

 右上に題字があるのは今と同じですが、紙面は字ばかりで重厚な雰囲気です。

 同日の6面には創刊の中心人物である三田村甚三郎らによる祝辞がびっしりと記されています。

 ▽1911(明治44)年

 1月10日のデータが確認できます。1面では、水産の専門家と思われる人物の講演内容が「漁村の改良と進歩」の見出しで記されています。2面では坂井郡の牛乳業者が総会を催し、牛乳の価格などについて話し合ったことが報じられています。

 俳句を紹介するコーナーがあります。イラストを使った広告が目を引きます。

 ▽1923(大正12)年

 11月20日の紙面では写真の掲載が確認できます。この年の9月に関東大震災が発生しており、被災した東京・上野公園の大仏の写真とみられます。

 全体的に明治期に比べ見出しの大小にメリハリが付いてきました。12月23日の5面で2段見出しで報じられているのは「北陸線へ食堂車」。さらに大きな3段見出しで足羽川河川敷の運動場整備を伝えています。整備方針に関し白男川譲介知事の意向がニュースとして取り上げられています。

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