【越山若水】その日を食うことよりも学校をつくった。救援米を藩立学校の資金につぎ込んだ長岡藩士・小林虎三郎の「米百俵」の逸話は美談として有名だ▼実際は米の到着直後に開校していて、その換金分で建設費を賄ったわけではないらしい。金額的にも演武場の備品に充てるのが精いっぱいだった▼つまり藩は、戊辰戦争に負けた困窮下、救援米以外からも費用をかき集めていた。研究者の坂本保富さんは著書でこれら実情を紹介、「藩内の意識転換を促した」と評している▼この美談が広く知られたきっかけは、山本有三の戯曲である。戦争中の昭和18年、作品を書いていなかった時期にあえて発表した。初版本に添えた「はしがき」で、執筆動機を本人が明確にしている▼大意はこうだ。「米を、船を、飛行機をつくれと人は大声で叫ぶが、戦い抜くために劣らず大事なのは人物をつくれ、という声ではないか」。戦況が陰る中でこその訴えだった▼さて中教審がまとめた大学改革案は「経営」の持続性が焦点だった。今後入学者が2割減るから、やむを得ないとはいえる。効率化も必要だろう▼ただ、安倍晋三首相は少子化を国難と言っている。ならば、大学に改革を迫る一方で国がどう支えるかが大事だ、と小林や山本はきっと言う。改革案の前提は2040年。そこへ向けた首相の「米百俵」は用意されているだろうか。

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