【越山若水】「神さびる」という言葉に心ひかれるものがあって、この春に神話の国・宮崎県を旅した。強く印象に残ったのは、1900年前の創建と伝わる高千穂神社である▼境内には老杉などの巨木が生い茂り、皇祖の神々をまつる社殿から厳かな気配が漂い出ていた。豪壮ではないが神々しい。冒頭の言葉通りの趣に背筋が伸びた▼神楽殿では毎日、夜神楽が奉納される。訪れた日は四つの番付が舞われた。天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸に隠れたとき天鈿女(あめのうずめ)が舞い踊った、との伝説にまつわる演目である▼舞い手らは「ほしゃどん」と呼ばれる住民たちだ。奉仕者の意味だという。つまりプロではない。そう知って、このまちがはるか昔から神話とともにある歴史の重みに打たれた▼地元の人々は深く傷ついているだろうと推察する。小2の女の子を含む6人が殺害された事件に、である。「神様がいる所なのにねぇ」。ある女性の嘆息が聞こえるようだった▼町内各地では今月中旬から、高千穂神社の観光神楽とは別に夜神楽が順次行われている。町観光協会のホームページを見ると、事件のあった地区でもあと2回舞われる▼これほどの惨劇がどうして起きたのか。6人のほかに遺体で見つかった次男は事件に関係したのか。そう問うても詮ない気がする。神さびた里に黒々と影を落としたのは、神話を軽んじる現代の風潮ではないか。

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