【論説】国立大の運営費交付金について財政制度等審議会が、教育研究の評価に基づく配分枠を、2019年度から従来の3倍超となる約1千億円とするよう財務相に提言した。「頑張る大学」により手厚く配分するとの側面がある一方、大学側が求める安定的予算措置とは対立的な考え方である。

 改革は必要としても、忘れてならないのは本庶佑(ほんじょたすく)氏のノーベル賞受賞でクローズアップされた、長期的な基礎研究を大切にする考え方だろう。国立大をどのような学術拠点として方向付けるのか、財政効率化の視点に偏り過ぎない幅広い議論が行われるべきだ。

 運営費交付金はここ数年、約1兆1千億円で推移。一部は評価により配分され、実績は300億円弱である。政府は限られた予算にめりはりを付け、教育研究の質を高める狙いで配分枠の拡大を目指していて、12日の経済財政諮問会議でも議論があった。

 議事要旨によれば、民間議員が配分枠拡大を提案。これに乗る形で財務副大臣が「10%程度まで拡充すべきだ」と数字を上げて主張した。文部科学省の概算要求は配分枠を約4%としていたから隔たりのある数字だが、出席した柴山昌彦文科相から規模に関する発言はなかったようだ。

 10%は、同審議会がいう約1千億円にちょうど該当する。国立大学協会は11月はじめ、財務省側の考え方に対し「高等教育、科学技術・学術研究の体制全体の衰弱化、崩壊をもたらしかねない」と強い言葉で反対する声明をまとめていた。しかし同審議会が提言を行ったことで、財務省側が大学側を押し切る可能性が高まったといえる。

 財務省が公表している同審議会関係の資料には「まずは10%程度まで高める」との記載があり、同省側は将来的にさらなる拡充も視野に入れているのだろう。

 問題は、教育研究をどんな尺度で評価するかだ。政府は各大学に「比較可能な共通の指標」の導入を目指している。だが、指標が論文数などの目に見える成果に偏るとすれば、危うさは拭えない。本庶氏をはじめ歴代の日本人ノーベル賞受賞者の研究は多くが、そのときには「いつ」「何に」役立つのか、分からなかった発見である。「比較可能な指標」で役所が判断できるとは思えないものだ。

 大学側に問題がないわけではない。例えば、文科省科学技術・学術政策研究所のデータでは、「基礎原理の追求」「現実の具体的な問題解決」のいずれをも研究動機としていない論文が米国は17%にとどまるのに対し日本は41%もある。同審議会の資料はこれを基に「挑戦する意欲に乏しい」と厳しく指摘している。

 とはいえ、大学側の声を素通りする形で、財務省主導のまま教育研究の方向性が形作られていくのはやはり問題がある。国立大学協会声明は、財務省側資料の複数箇所を、誤りではないかと指摘している。この点だけをとっても、時間をかけた多角的議論が必要といえるだろう。

関連記事