2006年の創刊から270点を超す古典の新訳書を刊行して話題となった「光文社古典新訳文庫」シリーズ。その編集者が企画立案から作品・翻訳者の選定、新訳の趣向と工夫まで、挑戦と苦闘の舞台裏をつづった。

 カッパ・ブックスや週刊誌「女性自身」で知られた光文社で、著者はエロ雑誌と呼ばれた「週刊宝石」の編集に長年携わった。「世界が未曾有の変化を遂げつつある今こそ、普遍的な文学や思想を読みたいという読者は必ず存在する」と翻訳編集部に異動後、夢想していた古典の新訳シリーズを企画する。

 準備期間は2年。ラインナップは文学のみならずマルクス、フロイト、ダーウィン…。新訳の指針は不自然な日本語や難解な表現を排し、徹底的に読者の側に立つ。例えばロシア文学の複雑な人名をなくすためミドルネームは初出だけ、愛称は1つまでとする。カント哲学で用いられてきた「悟性」をあえて「理性」と訳す。読者の理解を助けるため地図や写真、イラスト、家系図も駆使した。

 シリーズは予想を超える反響を呼び、亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』全5巻は累計100万部を超す大ベストセラーに。大胆な翻訳も話題となり、浦雅春訳のゴーゴリ『外套』は「えー、ある役所の話でございます」で始まる落語調。川村湊訳の『歎異抄』は「善え奴が往生するんやさかい、ましてや悪い奴がそうならんはずがない」と関西弁だ。

 出版界、文芸界を鼓舞する冒険記にして成功物語。巻末のシリーズ一覧に圧倒される。

(而立書房 2000円+税)=片岡義博

関連記事