【ゆるパブコラム】福井は人間関係の悩みが多い?

こんにちは!ゆるパブメンバーのちばです。昨年福井県民になり、メンタルケアを行う接骨院を開いていろんな方のお悩みを聴いています。福井県は幸福度が高い県として知られていますが、みなさんさまざまな悩みを抱えられています。そして、ある傾向に気付きました。

■東京と福井の悩みの質の違い

東京にも院があってメンタルケアをしていますが、東京と福井で“悩みの質”に明らかな違いを感じました。東京はいろんな人がたくさん住んでいます。数が多いので悩みの種類も豊富です。人間関係をはじめ、仕事や結婚、お金や健康など幅広くてそこまで深くない悩みが多い(もちろん中には深い悩みを持った方が来院されることもあります)。一方、ここ福井県です。たくさんの方の悩みを聴いているうちに、そのほとんどが“人間関係の悩み”で、しかも表には出ないような深い悩みだったんです。親と子、親と親、地域の人と人、夫婦関係、圧倒的にこの関係の悩みが多いことに気づきました。

■表の顔と裏の心

なぜ表に出ないのか?それはこんな理由です。

地域的な協力は安心感をくれます。何かあった時に手伝ってくれたり、近所同士で交流したり、その絆によって心強さを得ることができます。反面、そこにはその絆を維持するために一定の暗黙のルール、言い換えると“こうあるべきだ”や“こうするべきだ”という基準のようなものが存在する。それが協調性を維持するための基盤なのかもしれませんが、実はその暗黙の基準に対して「本当は違うのに合わせなければいけない」という義務感が生じていて、その義務感が様々な人間関係の悩みを作り上げていたんです。“合わせている”という表面と“本当は違う”という裏の面。この裏の面が強くなればなるほど人を悩みの渦に巻き込んでいました。

親に言われる「こうしなさい」「こうでいなければいけない」という義務感。離婚はしちゃいけないという束縛感。子供はこう育てるという思想感。いろんな“こうあるべきだ論”に合わせようとすればするほど、本当は違う自分とのギャップに段々と苦しくなっていくという事実がそこにはありました。

■協調性があればあるほどなくなるもの

協調性は先にあげたように心強さや安心感を与えてくれます。でも協調性が強すぎるとどうなるのかというと、同調しないものを排除しようとする力が働きます。同じじゃないということを認めない方向へと働く力は逆に言えば“協調性を失っている”状態に向かう。悲しいかな協調性が強すぎれば強すぎるほど協調性が失われる結果になってしまいます。多様性も同じ。多様性を認めよう!といえば言うほど多様性を意識した発言となってしまい、本来なら「多様性ってなに?」「違うのって当たり前じゃん」というくらいに多様性という言葉が消えて初めてそこに多様性が生まれるという難しさがあります。

協調性の中でのこの深い人間関係の悩みは、「うちはうちでいいよね」「いろんな形があっていいんじゃないの」っていう少し力の抜いた考え方を持つことで解消されるかもしれません。そもそも生まれた段階で誰一人として同じ人間がいることはなく、すべての人の生活環境が同じではないことを意識しながら“同じでなければいけない空気感”に自分で水を差すことで、なにか違う答えがみつかりゆるく関係を捉えることができるのかも。

たくさんの方の悩みを聴くたびに思うこと。それは、社会全体の受け皿がもっともっと深く大きくなり、ゆるく優しくなることで数値的には表すことができない幸福度も高まっていく。そんな気がして止まないのです。

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【ゆるパブコラム】福井の若者や学生、公務員、起業家、経営者、研究者などがゆるくつながり活動する一般社団法人ゆるパブリック(略称:ゆるパブ、2015年福井に設立)が、さまざまな視点から福井のまちの「パブリック」に迫ります。ゆるパブメンバーを中心に執筆中。

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