【越山若水】万葉集に「熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕(こ)ぎ出(い)でな」の一首がある。高校生に絵にかかせたら、こんな情景を描いた▼都会へ出て、昼間働きながら夜間の高校へ通っている男の子だった。家の前で母親とおぼしき女性が手を振っている。それを振り返りながら、彼も手を振っている▼この課題を出した万葉学者の中西進さんの解説を聞こう。先の一首は、決戦に向けて船団が港を出ようとするさまを歌っている。高校生の絵は事実からは遠い▼でも共通するものがある。歌には離別感がこもり、絵には故郷を離れたときの覚悟がのぞく。その悲壮感を歌は見事に伝えたし、高校生はまざまざと読み取ったといえるだろう▼「桑の香の青くただよふ朝明けに 堪へがたければ母呼びにけり」。斎藤茂吉の歌である。臨終近い母に添い寝した夜明け、幼いころに食べた桑の香が漂ってきて、別れがたまらなくなったのである▼ある中学生は腹が空いたので母を呼んだ、と解釈した。これも見事な「正解」だそうだ。「死別の飢餓感を子どもらしい空腹の飢餓感として実感している」からである▼「論理国語」と「文学国語」が、2022年度から高校で導入されることに異論が出ている。情と理で成り立つ世の中だ。論理に優れても、名歌に触発されない人間ばかりになっていいのかと思う読書週間である。

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