【越山若水】「手紙」は日本では文(ふみ)、中国ではトイレットペーパーを指す。というのは、いまでは周知の話。このように、同じ漢字でも示す物の違う例が、それこそ無数にある▼なかでも魚偏のつく漢字である。日中で同じ物を表すのは鯉(こい)と鮒(ふな)くらい。それほど違えば、命に関わる行き違いも起きる。孫引きながら逸話を一つ紹介したい▼ある中国文学者から医者に問い合わせがあった。「鮭を入手したが、食べて毒は大丈夫か」と。心配ないと返したら、毒にやられたとSOSが来たというのである▼博物学者の荒俣宏さんが、中国文学者の文章を引いて書いていた。一体どうして、こんなことが起きたのか。実は「鮭」は日本ではサケだが、中国だとフグのことだからである▼ついでに言えば「鮎」はこちらではアユ、かの国ではナマズ。「鯛」は魚の王様、堂々たる体格のタイだと思ったら、あちらでは小さくてトゲのある魚、という意味でしかない▼混同しないために、荒俣さんは「字通」を座右に置いているという。わが福井県出身の白川静博士がのこした多くの大業の一つである。あす30日は、その博士の13回忌▼手元に平凡社編「白川静読本」がある。錚々(そうそう)たる学識者47人の賛辞を収めている。とりわけ郷土出身の書家、石川九楊さんは博士の業績と思想が「百年単位で生き続ける」と断言する。畏敬のおもいが膨らんだ。

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