折角の国体です。私もそう思います。学校をお休みしてでも先生方の試合を観戦することは十分に意義のあることだと私もその場に居合わせることができたから心から思われたのです。こうした素晴らしい試合が繰り広げられる国体が、わざわざ遠く他県に行かなくても、多くの素晴らしい選手の方々が福井に来られて素晴らしい試合を、地元福井で繰り広げてくださるのです。こうした素晴らしい試合や選手に出会えるまたとない機会でもあるのです。

 地元で国体が行われるということはより多くの子どもたちにそうした素晴らしい出会いの場が与えられるという意味でもあるようにもおもうのです。そうした意味でも、より多くの子どもたちがもっと自分の見たい種目や試合を選択してでも観戦でき、より素晴らしい出会いの場を少しでも多く体験できるとよかったのになあとその時になって切実に思えたのです。

 こうしたことは、こうした場に出向かなければ、思い及ばないことではあったのです。が、未来を担う子供たちの夢と希望とそれを実現に向かってまい進する力ともなる絶好の機会ともなるのだということを、観戦されていた親子さんから発せられた言葉からも深くうなずくことができるのでした。

 そして孫の “国体はすごいよ”と言っていたことは、会場の雰囲気というよりも、実際に剣道をやっていた人には‘わかる’その試合の“質”だったということにも気づかされたのです。

 国体に続いて13日から「全国障害者スポーツ大会」が引き続いて行われました。メーン会場の近くの中学であろう2校の全校生徒が開会式に参加することができました。孫の学校か会場までは歩いて2キロ以上はあろうと思うのですが、総勢4百名あまりの全校生徒が同時に同じ会場に向かって歩くということは学校行事においてもそう多くあることではないと思います。

 行程として最短距離となる比較的メーン通りを歩いたというその光景は、その通りを走る幾台もの大型バスに乗って来県された選手の方々や関係者の方々にも目にも止まり、心からの歓迎の思いがおのずと伝わる大変壮観な光景だったとその行列に遭遇した人が話してくださいました。

 また、この大会には、孫娘たちを通じてこれまで3年あまり関わってきました。3年ぐらい前の事だったとおもいます。学校からでも持ち帰ってきたのでしょうか、1枚のチラシに、‘夏休みにバスケットをしませんか’という軽い感じでのお誘いが書かれていたのです。

 たまたま孫娘の担任の先生が、バスケット部の顧問の先生だったという関係から学校でも時折授業を通じてバスケットの指導をしていただいていたということからか、孫娘はバスケットに大変関心があり、バスケットをしたいということで、何か運動をさせたいという思いもあった時でしたので参加を申し込みました。

 最初は週1回支援学校の体育館を会場として行われていました。時間も9時半頃から12時半頃まで行われていたと思います。孫娘の希望で何気なく申し込み、参加したバスケットでしたが、途中から国体参加という全く思いもよらない目的が与えられ、その目標をもって練習に励むようになってからは練習時間も少し長くなり、練習内容も少しずつ高度なものに高まって行きました。アスリート、国体、そうした世界には程遠い、あまりにも、場違いな世界のことではありました。が、先生方の、参加者一人一人の持てる力を無理強いすることなく、ありのままに受け止められ伸ばしていってくださる、そのご指導には、いつも頭の下がる思いでした。

 一人一人の障がいをさりげなくそれでいて大きな思いで受け止め、理解して、心温かくご指導くださる先生方への深い信頼の下で、毎回少しずつそのハードさや厳しさが高まりながらも楽しく練習に励み、心優しい仲間の人たちとの出会いをいつも楽しみにしていて、何があっても休もうとはしないで通っていたようでした。泊りがけの練習試合で遠い県外へも。何度か連れていっても下さっているのです。どんなに大変なことだったかと思われるのです。

 国体という目標のもとで行われてきたとはいえ、並々ならぬ思いがなければできないことだと、こうした機会に恵まれてご指導いただけたことや、孫たちがいろいろなご縁をいただいて、何らかの形で国体に参加できたことに対して深く感謝の思いでいっぱいです。

◆「いのちをつなぐ話」に行ってきました。

 また、昨年10月、「命をつなぐ話」の講演会が小松のJA小松東で行われました。遠く全く知らない所で、19時より開演という夜遅くの参加は大変不安ではありましたが、元園長と参加してきました。自然栽培塾の講師の佐伯康人さんの講演や山元加津子さんとの対談が行われ、そこに集まられたたくさんの人の熱く深い思いと共にとても有意義な集いでもありました。

 佐伯氏は、三つ子のお子さんが脳性マヒ生まれたことをきっかけに、障がい者福祉の仕事をはじめられ、「奇跡のリンゴ」で有名な木村秋則さんの影響を受け、地元愛媛で自然栽培に取り組まれ、障がい者の賃金の向上に成功されました。そのことがきっかけで、「自然栽培パーティ」として、全国の障がい者施設が共に進める活動になりました。農福連携はどんどん広まり、厚生労働省は農福連携で作られた作物を使って2020年に行われる、オリンピック会場での外国人観光客などに向けての大きなマルシェの開催を決めたということです。

 山元加津子さんは、石川県で特別支援学校の教諭を32年間務め、教職に就きながら、作家活動を20年以上続けられた方です。幼い時から自然に親しみ宇宙のすべてのものは、お互いに助け合って存在し、自ら回復する力を持っているということをいつも感じてこられたといいます。そのことがどんなに重い障がいを持つ子どもたちにも深い思いを持ち、回復する力があるという信条にもつながってきたといいます。

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