【越山若水】舗装のされていない細い林道を車で登っていくと、急に視界が開けた。山を切りひらいた水田が数枚あり、垂れた稲穂が風に波打っていた▼越前町で見た光景である。うっかり道を間違え、心細くなりかけたときだった。のどかさにホッとし、何げなく目を上げた瞬間、息をのんだ。赤とんぼの大群が秋の空を覆っていた▼大野市の県自然保護センターが赤とんぼの生息調査をしている。7年ぶりの県民参加型だと報じた本紙に、越前海岸などで数が減った印象だとのコメントが載った▼ということはあの群舞は貴重な光景だったのだ。あれから5年。変わりはないのか再訪してみたいと考えたが、どこをどう走ったのだったか。悔しいことに場所が思い出せない▼いまさら言うまでもなく、赤とんぼは体色の赤いトンボの総称である。県内では主に10種余りが見られるが、生息数の最も多いのがアキアカネ。名前からして秋の風物詩である▼日本の原風景だともされるが、遠い原始のわが国にはいなかったと何かで読んだことがある。稲作とともに彼らは大陸から渡ってきたのだという▼水田はわが命を育む場所だと知っていたのだろう。その田は人が耕すから結局、人が彼らの命運を握ることになる。〈人ゐても人ゐなくても赤とんぼ 深見けん二〉という一句があるが、詩情を抜きにすれば〈人いて赤とんぼ〉である。

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