【論説】人工多能性幹細胞(iPS細胞)を利用した再生医療などの臨床研究が加速している。京都大が今夏、パーキンソン病の臨床試験(治験)に着手、大阪大は来秋ごろ心筋シートの心臓への移植を予定する。いずれも世界初の試みだ。さらに、取り組みは民間にも広がりつつある。

 再生医療は、治す方法がなかった病気の根治に道を開く可能性があり、患者らは祈るような思いで実用化を待ち望む。安全性や有効性の確保、費用など課題は多いが、研究が後戻りすることのないよう、着実な前進を期待したい。

 ■研究ラッシュ■

 人の細胞はそれぞれ、特定の組織、臓器を構成するよう役割が決まっている。しかし、皮膚の細胞などに特定の操作を施せば、さまざまな組織に変えることができる。これがiPS細胞で、万能細胞とも呼ばれる。

 パーキンソン病は脳内の特定の神経細胞が減少するもので、国内の患者は約16万人。8月に京大が始めた治験はiPS細胞を神経細胞に成長させ、患者7人の脳に移植する計画で、手術は年内に開始する。神経細胞は一般に、失われると元に戻らないとされ、根本的治療法がないという。治験で有効性が確認できれば、他の神経の病気への応用も視野に入ってくるだろう。

 阪大の計画は重症心不全患者3人が対象。iPS細胞からつくった心筋シートを心臓に貼り、効果や安全性を確かめる。さらに京大は9月、血小板をつくって再生不良性貧血の患者に輸血する臨床研究の了承を厚生労働省から得た。民間でも富士フイルムが、骨髄移植の合併症を抑える細胞の製剤化に向けて、本年度内の治験申請を目指している。

 山中伸弥京大教授が2006年にマウスで作製を報告してから12年。目から始まったiPS細胞による再生医療は、臨床研究ラッシュの様相だ。

 ■迅速化にリスクも■

 文部科学省が15年に公表したiPS細胞研究のロードマップは、視細胞、赤血球、骨格筋などのほか、肝臓、腎臓といった臓器も対象に挙げる。13年に法整備が行われ、iPS細胞を含む「再生医療製品」については、通常より早く承認する仕組みができたことで、臨床研究は確実に展開が早まっている。

 ただ、留意すべき点もある。再生医療製品は安全性が認められ、有効性が「推定」できれば条件付きで承認される。従って承認の後、最終的に有効性が否定されることがあり得る。

 今後、臓器そのものをつくるような研究が行われれば、細胞の数も桁違いとなるため、予想外の事象が起きるかもしれない。安全性、有効性の評価はより厳格さが求められるだろう。

 iPS細胞の再生医療ですべての病気が治るわけでもない。他の治療法との選択や組み合わせが大事になる。

 ■患者に情報開示を■

 iPS細胞研究は日々進化する。作製方法の改良など、がん化リスクや副作用を抑える研究が活発に行われており、京大では、拒絶反応を極力小さくしたiPS細胞の備蓄も進む。

 研究現場の成果を速やかに患者の治療に結びつけるため、国は社会的な課題を一つ一つ解決し、治療普及の環境を整えるべきだ。iPS細胞の再生医療は高額になることが想定されている。企業の研究参入拡大が見込まれることから、人材育成や産学連携の在り方検討も必要だ。

 患者や医療現場に、研究の進捗(しんちょく)が正確かつ分かりやすく伝えられることも大切である。科学的根拠のない治療のまん延を防ぐことにもなる。情報公開が丁寧に行われる仕組みづくりを望みたい。

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