【越山若水】「下駄(げた)さげて通る大屋の枕元」。夜更かしした男、木戸が閉まって困った揚げ句、家主の部屋からこっそり侵入する。川柳子が詠んだように、下駄が庶民に普及したのは江戸時代のこと▼最初は稲わらや竹皮で編んだ草履や雪駄(せった)などが主流。木製の下駄は雨の日のぬかるんだ道を歩くとき、または洗濯や豆腐屋など水に濡(ぬ)れる仕事で使用した▼しかし元禄になると、漆塗りで鼻緒もぜいたくな塗り下駄が登場。特に江戸や上方で流行した。女性ばかりか男性も趣向を凝らした下駄を愛用し、風流を競ったという▼下駄履きでさっそうと歩く姿は、背丈もすらりと高く粋に見えたらしい。数量や点数を水増しする、価格を高く偽ることを表す慣用句「下駄を履かせる」はこれが由来とされる▼江戸時代に限らず、平成の世の中も下駄の人気は高いようだ。東京医科大で発覚した入試不正。合否判定で男子や現役生に下駄を履かせ、女子や浪人生は不利になっていた▼事態を重く見た文部科学省は全国81大学の医学部入試を調査。すると男女の合格基準が異なるなど不適切なケースが、昭和大をはじめ幾つも判明した▼文科省は近く中間報告を発表し、公正な入試を徹底する通知を出すという。ただし「下駄を預けられた」文科省でさえ、障害者雇用の数字に下駄を履かせ16人を51人に水増ししていた。妙にもどかしさを覚える。

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