描かれるのは、「道子」というひとりの女性の人生である。ただし、道子自身の言葉はそこにない。彼女の周辺に生きた人々の、彼女に関する述懐が、時系列とは逆順につづられていく。皆、それぞれに、人生をもがいて生きている。そんな彼らが、彼らなりの、ほんの少しの再生を得て、腹を決める。

 一人目の語り手は道子の夫である。物語の一ページ目で、すでに道子はこの世にはない。最愛の妻に先立たれ、田舎暮らしのセカンドライフ。彼は今、夫を亡くしたばかりの「はる子さん」に淡い思いを寄せている。というか、「配偶者に先立たれた」という点において、誰かと共感を交わしたいのだ。

 二人目は、道子の次男坊。すでに社会人で、婚約者との間にいろいろとある。その次男坊が、母の死を知らされて帰郷する。彼は、母から受けたものを思い返す。婚約者に「私はあなたのお母さんじゃない」と言われたばかりである。兄の妻が、そんな彼に助言してくれるのだ。

 三人目は、その「兄の妻」が主人公である。彼女が、その兄との結婚を前提に、初めて道子に対面する数日間。道子はまるで恋人みたいに、長男坊とひっついて離れない。話しかけても、ろくな答えが帰ってこない。「自分はこの人と親子になれるだろうか」と、「結婚しても、めったに会わないのだから大丈夫」が交錯する。

 ここでだんだん、道子の人生が逆順で並べられている理由がわかってくる。この時の父親の行動は、あの時の誰かの言葉から来ていた。あの人の優しいアドバイスは、かつてその人自身が味わった、こんな思いから来ていた。すべてが伏線であり、時間をさかのぼるほどに、それらが回収されていく。

 次の語り手は、道子の長男。受験勉強と、弟が引き起こした出来事で、少年は大いに心を揺らし、思考を巡らせる。その次は、子育ての日々に精神的に限界をきたした道子から、幼い息子たちを預かる親戚の女性。庭にしつらえたプールで、きゃっきゃとはしゃぐ兄弟を眺めながら、道子の夫と自分とで重ねる幸せの日々を、ほんのちょっとだけ夢想する。そして次のエピソードで、ようやく道子自身が語り手として登場する。夫との、結婚前夜。実家で過ごす最後の夜に、姉たちから冷やかされながらも、自分の人生について、腹をくくる。

 最後のエピソードは、道子の母親が語る。子どもたちがまだ幼いのに、彼女は病の床にある。いつだって、子どもたちのことを気に病んでいる。そして末っ子の道子に、母が語りかける言葉。

 その言葉を通して、物語は円環をなす。そしてすべての人の生き死にが、円環をなしていることを読み手は知る。誰かとモメたり、笑い合ったりしながら、人は大きな円を描いているのだ。

(集英社 1500円+税)=小川志津子

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