【越山若水】戦闘の前に目薬をさす。特殊な薬液が眼球の上に薄膜を張り、戦いで必要な情報が視野に映される―。早世したSF作家伊藤計劃さんは2007年のデビュー作「虐殺器官」で近未来の兵士の姿を提示した▼兵士は体内のICチップで管理される。チップの利用は今では民間にも広まり始めたが、そうした状況を先取りして読ませてくれた▼同作の前提は「核兵器が使えるようになった」世界。使えば自他全てが滅ぶため保有しても使えない―そんな核抑止の論理が、小型の新しい核兵器出現によって崩れた後の恐怖を描いていた▼トランプ米政権が昨年12月、5年ぶりの臨界前核実験を行っていた。中ロの核近代化などを理由にオバマ前政権の方針をひっくり返し、このたびの実験は核を「使える兵器」とする計画の一環だった▼米国は年内にも別の実験に踏み切るという。これでは非核化を交渉している北朝鮮に、目の前で銃に実弾を込めながら、おまえは銃を捨てろと言っているに等しい▼交渉の背後で核開発に突っ走っているとすれば、北朝鮮ならずとも疑念が湧くのではないか。北朝鮮がこれからどう出るかが心配である▼互いに「自衛のため」といって、核にとりつかれる国々。そうした国の傘の下で何も言わない国。伊藤さんの作品世界は「大量の死に慣れて」いった。こんな筋書きをどうにかして止めたい。

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