【越山若水】カナダの首都・オタワを流れる運河には、マスキーという怪物がすむ。湖のトラとか、川の大強盗とかの異名を持ち、魚やネズミ、小鳥と動くものは何でも食べる▼そんな知識を地方紙に寄稿したのは、開高健である。大の釣り好きだから、この運河にも「狂気のように」通い、ルアー(疑似餌)を何百回と繰り返し投げた▼すると食いついた。1メートルを超える怪物は水面をジャンプし「バケツで浴びせるような水しぶきを頭から浴びせてきた」。同好の士なら、心が躍るような展開である▼とはいっても、開高はただの自慢話を書いたわけではない。姿を見られることさえめったにない気まぐれな怪魚が釣れたのは「豊饒(ほうじょう)の“秋”の前兆」だと言いたかったようだ▼その年の夏は暑熱続きだったとある。「魚が闘志と食欲を失い、いたるところでシケ、不毛、天候異変、災厄がいいかわされていた」。そこへ派手に現れた大物だったのである▼沖縄から奄美、九州、四国、近畿へ。きのうはずっと台風24号の動きに目をこらしていた。拙稿を書く間、福井県内でも避難勧告などが次々出され、気が気でなかった▼開高の一文が載ったのは1981年。暑熱続き、災厄といった表現が今年を思わせる。そんな異常な年でも一転する、と開高は言ったのだろう。きょうから10月。台風が去り、豊饒の秋へと転じてほしいものだ。

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