1978年の前回福井国体で優勝した若狭高校野球部

 甲子園で福井県勢が初めて優勝したのは2015年春の選抜大会の敦賀気比高校。それまでにも福井商業が準優勝したこともあり、野球強豪県の名を高めてきた。しかしかつては甲子園でも好成績はあまり残せず野球後進県とも見られていた。それが福井の球児とファンに自信を持たせ強豪県となるきっかけが50年前の前回福井国体での若狭高校優勝だった。(M)

 

 領家亮一監督率いる若狭は福井国体前年の67年にはプロ野球阪神に進む川藤幸三選手の投打の活躍で春、夏ともに甲子園に出場した。

 福井国体の68年、春の選抜大会は埼玉県の大宮工業が優勝。福井県からは出場校はなかった。夏の甲子園は50回の記念大会で1県1校が選ばれ県大会を勝ち抜いた若狭が出場した。後にプロ野球西鉄に進む乗替寿好投手を擁した若狭は期待が高かったが北海道の北日本学院に敗れ1回戦で敗退した。夏の甲子園決勝戦は大阪の興国と1年生エースの新浦寿夫投手の好投で勝ち進んだ静岡の静岡商業との対戦。行き詰まる投手戦の末、興国が1-0で優勝した。

 秋の福井国体は福井県営球場と、福井市営球場で10月2日から6日まで開かれた。夏の甲子園優勝の興国、準優勝の静岡商業をはじめ12校が出場した。福井県からは若狭高校が選ばれた。大会が始まる前は、新浦投手が出場するのではとファンの期待が高まった。しかし新浦投手は韓国籍だったためこの当時はドラフトの対象外。国体前に巨人への入団が決まってしまい、国体には参加せずファンをがっかりさせた。

 若狭は1回戦不戦勝で2回戦(準々決勝)に秋田市立と対戦。乗替投手が3安打完封。2-0で勝った。準決勝は甲子園優勝の興国と。緊迫した投手戦となり若狭が5回の1点を守り切って1-0で決勝に進んだ。乗替は2試合連続完封勝ちだった。

 決勝はしぶとく勝ち上がった松山商業との対戦。湿りがちだった若狭打線が14安打を放ち、乗替は7回にこの大会初めて1点を許したものの4-1で快勝。福井県に初めて全国優勝をもたらした。若狭の快進撃にファンも盛り上がり、決勝戦の福井県営球場は立ち見がでる超満員となった。

 この優勝を契機に高校野球では目立たなかった福井県は自信を付け、翌69年の夏の甲子園は、石川県との北陸大会で優勝して北陸代表となった若狭が初めてベスト4に入った。しかし準決勝では福井国体で決勝戦を戦った松山商業に0-5で完封負けした。

 若狭は73年には内藤憲一投手が投打に活躍して秋の甲子園ともいえる明治神宮野球大会に優勝し、2度目の全国制覇を果たした。続いて福井商業が翌74年には下手投げの前側佳邦投手を擁して神宮大会に優勝。福井商業は78年の第50回選抜大会で準優勝。北陸に初の準優勝旗をもたらした。その後の敦賀気比が2015年に選抜優勝した。

 ことしの福井国体高校野球硬式は9月30日から10月3日まで、福井市の福井県営球場で行われる。12校が出場し、トーナメントで競う。決勝は10月3日。史上初となる2度目の春夏連覇を達成した大阪桐蔭(大阪)や夏の甲子園準優勝の金足農業(秋田)などが出場。開催県の福井県からは敦賀気比が出場する。

 ※福井新聞D刊「Dのコラム」では前回福井国体の若狭高校の戦績も掲載しています

関連記事