砂漠のど真ん中にたたずみ、仲良くなったラクダとたそがれる筆者

 日常生活に疲れて気持ちが落ち込み、とにかく気分転換したいと思うことは、誰しも時にはあるだろう。非日常の世界に身を置いて何かを変えたい思いがある時、無性に募った。ちょうど同じ頃、仕事で「アクティビティー」をテーマにした企画の取材で海外出張する機会があった。とっぴな発案だが“東京砂漠”から脱出して本物の砂漠に行き、ラクダに乗ってキャンプしたい、満天の星空を見たいと勇んで飛び立った。

 向かった先は、アフリカ大陸北部のモロッコ。英語力は乏しいけれど、片言とジェスチャーでなんとかなるもの。ドバイを経由し、約24時間のフライトで、カサブランカの空港に到着した。

 列車で北部のフェスまで行き、翌朝4WDに乗ってガイドと運転手と3人で東部のアルジェリア国境のメルズーガを目指して出発。500キロもの道のり。片側1車線の信号もない道を、ひたすら駆け抜ける。途中、アトラス山脈を越えたところで、雪景色が広がった。一年中猛暑なのかとばかり思っていたが、とんでもない。真冬並みの寒さで、真夏の格好をしてきた自分を恨んだ。

 後部座席で独り、窓から外の景色をぼんやり眺め続ける。赤茶色の土や石がごろごろ点在する土漠がどこまでも続く。たまに見掛ける草原では、ヤギが草をむしゃむしゃ食べる姿も。旅立つ前に見た映画「バベル」の光景を思い出した。

 車に乗り続けて10時間。午後6時にシェビ砂丘のある町、メルズーガに到着した。果てしなく広がる黄土色の砂漠。「ついに来た!」と感極まった。ラクダに荷物を載せ、自分も乗り込み、キャンプ場へ向かう。西へ目を向けると、大きな太陽が少しずつ沈みかける。砂漠の明るさが弱まっていく光景は、一日の終わりを告げていた。

 1時間半ほどラクダに揺られてキャンプ場に到着。世界各国から来た旅行者が20人ほどおり、分厚い布でできたテントに泊まる。ラウンド状にテントが並び、真ん中は憩いの場。キャンプファイアなどが楽しめる。

 食事をするための大きなテントに入った。先端が細いつぼのような形をした陶器のタジン鍋が出てきた。ふたを開けると、ニンジンやジャガイモ、ズッキーニなどが円状にきれいに並び、スチーム状態に。真ん中には鶏肉。塩こしょうとスパイスで味付けされている。一口食べた途端、濃縮した野菜のうまみや甘みが口に広がり、目が輝いた。大地の豊かな恵をいただいた幸せな瞬間。体の中に栄養が吸い込まれていくような気持ちになった。

 食後は各国の客と一緒にたき火の周りで歌を歌ったり踊ったり…。英語は聞き取れるが、言いたいことを話せない自分が切ない。

 午後11時過ぎ、懐中電灯を持って砂漠の丘へ。空を仰ぎ見ると、満天の星が…。キラキラ光る〜お空の星よ〜♪ 幼い頃に歌った歌の通りの光景が今、まさに頭上にある。寒さと時間の経過を忘れ、心を無にして見とれた。

 日本で暮らしていると、不便なことがほとんどなく、あって当たり前、ないのはあり得ないという生活環境だ。言葉が通じない、携帯電話も通じない、トイレは水洗じゃない、シャワーもない、懐中電灯がないと外は真っ暗で歩けない…。ないないづくしの環境に身を置くと「なくてもなんとかなる」と、開き直れるものだ。

 日常生活でのちょっとした出来事なんて取るに足らないこと。胸を張って気持ちを大きく持とう。健康な体に感謝しよう。帰国した翌々日、腰まで伸ばしていた髪を一気に50センチ切った。モロッコの砂漠でデトックスした気持ちを胸に抱き、毎日を笑顔で送ろうと心に誓った。(工藤恵・共同通信記者)

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