ベルリン・マラソンで、2時間1分39秒の世界新記録をマークして優勝したエリウド・キプチョゲ=9月16日、ベルリン(ゲッティ=共同)

 エリウド・キプチョゲは(33=ケニア)は、マラソンランナーというよりも「銀行家」のようだった。

 キプチョゲはリオデジャネイロ・オリンピック男子マラソンの金メダリストだ。

 その彼が9月16日に行われたベルリン・マラソンで2時間1分39秒という、従来の世界記録を1分以上も更新する驚異的な世界新記録をマークした。この調子だと、2時間0分台の突入も夢ではないかもしれない。

 今年の5月15日、そのキプチョゲに東京都内で話を聞く機会があった。

 物静かだった。言葉づかい、振る舞いもすべて整っている感じがあった。

 アスリートにインタビューすると、どこかに“熱”を感じるものだが、キプチョゲの場合は、淡々と毎日の練習をこなすことに労力を注いでいるように見えた。

 アスリートに話を聞くというよりも、なにか住宅ローンの融資の相談をしに来たような気さえした。

 キプチョゲの安定的な強さは、どこからもたらされるのか。その要因は「規律」の維持にあるという。

 「勝つためには、継続的な練習が欠かせません。そのためには、日常生活で“例外”を作らない方がいい。私の場合、夜は9時に寝て、朝は5時45分に起きて30分ほど準備をしてから練習を始めます。朝食はその後で、そのパターンはほとんど変わることはありません」

 そしてまた、日々のリカバリーがマラソンランナーにとっては重要だと語る。

 「リカバリー、回復といえば、みなさんは睡眠、栄養補給といったことを思い浮かべるでしょう。ただし、それだけではなく、脚に負担が少ないシューズが開発されたことも、ランナーのリカバリーに役立っているんです」

 運動工学の視点から研究が行われ、練習やレース後にダメージの少ないシューズの開発が進んだのだ。

 そしてまた、キプチョゲはナイキの「顔」でもある。

 彼は極めて詳細な練習日誌をつけており、そこで新しいシューズモデルの感想や改善点を記して、開発者にフィードバックする。

 彼は被験者でありながら、シューズの進化に大きく貢献している人物でもある。

 もはや、エリートマラソンの世界は人間の運動能力、最大酸素摂取量をはじめとした運動生理学の数値だけで争われるのではなく、メーカーの研究力を含めた争いになってきた。

 しかし、最終的に走るのは人間である。

 キプチョゲは、今回の優勝でマラソンは11戦10勝。敗れたのは5年前のベルリンで2位になった時だけだ。

 競馬用語で言うなら、すべて2位以内の「連対」を外したことがない。

 振り返れば、彼は2004年のアテネ・オリンピックの5000メートルで銅メダルを獲得している。息の長いキャリアだ。

 なぜ、走り続けることが可能なのか質問すると、その答えはいたってシンプルだった。

 「楽しむことです。楽しくなければ、続けられませんよ」

生島 淳(いくしま・じゅん)プロフィル

1967年、宮城県気仙沼市で生まれ。早大を卒業後広告代理店に勤務し、99年にスポーツライターとして独立。五輪、ラグビー、駅伝など国内外のスポーツを幅広く取材。米プロスポーツにも精通し、テレビ番組のキャスターも務める。黒田博樹ら元大リーガーの本の構成も手がけている。

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