約100年の歴史に幕を下ろすことになった福井シネマ=8月6日、福井県福井市順化1丁目

 映画館の福井シネマ(福井県福井市順化1丁目)が9月10日で営業を終了する。1919年に開館した県内初とされる本格的な常設映画館をルーツとし、福井空襲や福井地震の惨禍も乗り越えて市民に親しまれてきた県内の娯楽の草分けが、約100年の歴史に幕を下ろす。来館者の減少による営業不振のためで、跡地では別事業が予定されている。

 加賀産業(同市)が運営する福井シネマは、ビル2棟に設けたシネマ1~4の計4スクリーン(計約700席)で、東映と東宝系列の邦画を上映。アニメや特撮ヒーローなど子ども向けの作品を主力としてきたが、近年は年間来館者が7~8万人と低迷し、営業収支の赤字傾向が続いていた。建物を取り壊した上で、同社が所有する400坪余りの跡地を別の事業者に賃貸する計画が決まっているという。

 加賀産業は、同市の通称片町で明治期に開設された芝居劇場「加賀屋座」から派生して19年に創業。同年に県内初の本格的な常設館とされる「福井劇場」、21年には「松竹館」を開業し、映画興行の礎を築いた。ほとんど娯楽のなかった時代で、活動弁士の語りが添えられた無声映画が庶民の人気を集めた。

 30年代になって音声入りのトーキー映画が普及した中、加賀産業は松竹館を日活館、大衆館と改称しながら興行を重ねたほか、隣接地で福井東宝の営業も開始。だが、40年代には戦争激化に伴う統制で休館を余儀なくされた末、45年の福井空襲で全壊の被害に遭った。47年に大衆館を順化1丁目の現在地へと移転したものの、48年6月の福井地震で建物はまた全焼した。

 ゼロからの復興を再び強いられたが、後の福井東映となる大衆館を48年11月に再開館し、49年には福井東宝を隣接地に再建。50年には日本劇場(メトロ劇場の前身)も近くに開館するなど、福井の映画文化の中心地を形成した。

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