福井地震で大きく変わった互いの人生を振り返る姉の廣部艶子さん(左)、弟の高見国生さん=京都府京都市内

 高見国生さん(74)は、機料店を兼ねた福井県森田町(現福井市)の自宅で福井地震の激しい揺れに襲われた。当時4歳。気付いた時には丁稚(でっち)として家に出入りしていた中学生と一緒に、落ちた屋根の下にいた。太い梁(はり)が直撃し動かなくなった父に「お父ちゃん、お父ちゃん」と声を掛け続けた。

 当時中学2年の姉、廣部艶子さん(83)は父の使いに出ていて無事だったが、自宅にいた母は2歳の弟をかばうように亡くなった。助け出された弟も、内臓を圧迫されていたのかその日の晩に息を引き取った。母のおなかには赤ちゃんがいた。

 家族のうち生き残った大人は75歳の祖母だけ。艶子さんは「自分が泣けば弟もつられてしまう」と涙をこらえた。3人は比較的被害が少なかった台所で寝泊まりした。しかし腕をけがしていた祖母が寝込むようになり、8月13日、ほしがっていたスイカをきれいに食べた後に眠るように亡くなった。13歳と4歳のきょうだいが残された。

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 ともに京都府京都市で暮らす父方の伯母2人が、被災直後から見舞いに来てくれた。祖母が亡くなる前から、1人ずつなら家で引き取ると言ってくれていた。森田町内にいた母方の叔父も面倒をみると申し出てくれたが、艶子さんは「地震に遭った家はどこも自分たちのことで精いっぱい。森田に残るのは自分なりに難しいと思った」と振り返る。

 地震から2カ月足らずの8月26日、姉と弟は福井を後にした。艶子さんは家族の遺骨が納められた桐(きり)箱を胸に抱いていた。駅で泣きながら見送ってくれた叔父の姿が、今も記憶に残っている。

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