「龍馬は新国家の中枢に春嶽を、と考えていたのでは」と話す宮川上席研究員=7月15日、福井県福井市の響のホール

 「龍馬は新国家盟主に松平春嶽を推していた」―。幕末明治福井150年博講演会「龍馬の秘策と福井藩~大政奉還をめぐって」が7月15日、福井県福井市の響のホールで開かれた。

 坂本龍馬研究の第一人者として知られる京都国立博物館の宮川禎一・上席研究員は「龍馬の秘策は、(福井藩主)春嶽を武家の代表にすることだった」と話し、会場の注目を集めた。

 大政奉還後、龍馬が記した「新政府綱領八策」では、新国家の中核である盟主の名が「〇〇〇」と伏せ字にされている。「(徳川)慶喜公」とするのが一般的とされるが、宮川研究員は「春嶽公」との説を主張している。

 龍馬が福井藩重臣の中根雪江らに「徳川側も薩長側も納得する秘策があるが、今は言えない」と話していたことから「中根に“だけ”は知られてはいけない秘策。それは春嶽公を盟主にすること」とした。

 龍馬はぎりぎりまで慶喜を推した上で、諸大名の反対を受けて春嶽を提案することで「落としどころ」をつくって実現させる政治的作戦だったと推測。ただその前に暗殺され「龍馬は切り札を出す直前に亡くなってしまった」とした。講演には約230人が訪れた。

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