福沢諭吉の肖像が描かれている1万円札

 1984年から現在まで、1万円札に使われている福沢諭吉の肖像画。元になった写真を撮影したのは、福井出身の写真師成田常吉(1862~1929年)だといわれている。当時すでに東京で写真館を独立開業し、後に御用写真師となる同郷の丸木利陽(りよう)(1854~1923年)の助手としてキャリアをスタートさせた。丸木の写真館もまた、かつての千円札の伊藤博文、百円札の板垣退助の肖像画の元写真を撮影。3枚のお札から、福井出身の写真師が明治期の写真界の中枢にいた事実が浮かび上がってくる。

 成田は福井藩士成田半之助の次男として武生(現福井県越前市)に生まれた。1873(明治6)年に上京し、洋画家疋田敬蔵の元で西洋画を学んだ後、大蔵省印刷局の写真科技生となった。

 82年に1年間丸木の助手を務めると、横浜で写真彩色の助手などをして経験を積んだ。その後、伊藤の沖縄視察に同行するなどした経験と高い技術が買われ、90年に東京・新橋に開業した江木写真館支店の写真技師に就任した。

 1万円札になった福沢諭吉の肖像は翌91年に撮影されたもので、慶應義塾福澤研究センターが所蔵するオリジナルプリントの台紙には、福山館写真江木支店(江木写真館支店のこと)とある。撮影者は記されていないが、県立歴史博物館の山形裕之副館長は「時期的に考えて、支店の責任者だった成田が撮影したと考えるのが自然」とみる。

 銀座史に詳しい中央区立郷土天文館の野口孝一さん(85)=横浜市=によると、江木写真店は慶應義塾とのつながりが深く、写真帳「慶應義塾校舎一覧」も作成。塾生との散歩姿を撮影した最晩年の写真「散歩する福沢諭吉」も成田の撮影とされる。

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