「子どもを必要以上に追い詰めないでほしい」と訴える大貫さん=昨年12月、東京都内

 2000年9月に当時中学2年生の次男陵平さんを、指導をきっかけにした自死で失った「指導死」親の会共同代表の大貫隆志さん(61)=東京都=に、あるべき指導について聞いた。「指導の目的は子どもが行いを振り返り、学んでいくことにあるはず。自分の言葉が子どもの成長の糧になっているか考えながら、必要以上に追い詰めないでほしい」と訴えた。

 -「指導死」はどのような場合に起きるのか。

 「生徒を複数人で囲んで説教したり、反省文を提出させたり、教師へ謝罪させるときなど。やっていないのに言い分を聞いてもらえない“冤罪(えんざい)”もある。やったことは小さいことなのに罰則はすごく重い。指導死のうち88%が教師からの暴力ではないことが大きな特徴。暴力を伴わない、特に悪いとは思えない指導を教師が行い、でも子どもが死んでしまう。指導中に1人きりにしてしまい、そのときに命を絶つケースも非常に多い」

 「コップに生きる力という水がたまっている。それが『お前はだめだ』と言われるたびに減る。最後の一滴まで絞られ、『生きている価値がないんだ』と思ってしまう。叱責(しっせき)はこの水を減らす行為。君なら分かってもらえる、本来の君だったらこんなことしないと思うから言ったんだよ-といった言葉で水を補わないといけない。適切な指導なら(逆に)水は増えるかもしれない」

 -池田中の生徒が自死した事件をどう思う。

 「担任の声が大きかったことはもちろん影響しているが、声が大きかったからだけではなくて、生徒の存在を否定するような形で指導がなされた、そのことがつらかったのではないか。『生徒会辞めていいよ』という一言がどれほどつらかったか」

 -生徒指導で思うことは。

 「教師と生徒は圧倒的に力関係が違う。教師のさりげない一言が響く。にもかかわらず執拗(しつよう)な指導をしてしまう。教師の“業界用語”に『指導が入る』というのがある。指導で子どもがしゅんとする様子を言っているようだ。でも、それは子どもが傷ついているだけ。教師は自分の言葉がその子の学びになっているか、成長の糧に役立っているのか、反応を丁寧に探っていく必要がある」

 -子どもの問題行動を見たとき教師はどうすべきか。

 「なぜそうしたのかを共感をもって聞く。好きな歌手に憧れてまねをしてみたのかもしれない。親がすごく厳しくて、反発したのかもしれない。何かしら理由があるはず。例えばスカートを長めにしたときは『いつもと違うよね』と声を掛けるチャンス。“変化”という情報を発信しているのになぜ生かさないのだろうか」

 -指導死をなくすには。

 「今すぐできることがある。全国で73件起きている指導死のうち、指導中にその場所、あるいは抜け出して命を絶ったケースと冤罪型を合わせると24人。ほんのちょっとの配慮で救える命だった。子どもが教師の振るまいで、いとも簡単に死んでしまうという危機感を持ってほしい」

 -親の会の活動を通じて思うことは。

 「命を失う子どもを、遺族をこれ以上増やしたくない。会の活動から10年たち、指導をきっかけに子どもが死ぬ可能性があるという認識は広がっているが、件数は減っていない。学んで成長する、いろんな人と出会う場であるはずの学校で子どもが命を奪われることがあってはいけない」

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