近くに住むその方は、たまたま私の家の前を通って、私にとても親しげに挨拶をしてくださったのが親しくお付き合いをするきっかけでした。あまりに親しげに挨拶され、顔も日本人とあまり変わらない方でしたので、どなたか私を知っていてくださる方かと思い、お聞きしたところ、ほとんど日本語が通じない外国の方だったのでした。それ以来、伝えたいことが相手に伝わればいいという程度での私の会話力で、たまに時間があるときには私の畑の玉ねぎ植えなどの手伝いまでしてくださるようになりました。

 そうしたことがきっかけになって、その方の友達を誘っての自然栽培実践塾の参加でした。最終回は実に盛りだくさんで、実際に田んぼに出ての二毛作の実地見学の後は、その足で、自然栽培を実践されていて、河野の北前船の館で自然栽培された食材を使ってのレストランでの食事。食べるか食べないうちにすぐに鯖江にとんぼ返りをして、一時からの別会場での研修会報告会と実に目まぐるしい最終回でした。

 片上公民館に一度戻って、帰宅の途に着く頃には辺りはもうすっかり暗くなってしまっていました。日中でも不慣れで迷いやすい片上公民までの道。どうやら道を間違えたようです。それをいち早く察してか後部席から、スマートフォンで検索してくれているのか、二人のレフト、ライトの声がかかってきました。

 その声を聴いてずっと昔にシュタイナー学校の教師であった人を案内した時の帰り道のことが思い起こされてきました。まだナビというものがなかった時代のことです。家に飾ってあった知人の増永ふじさんのツボを見てその作者の窯を見たいと突然言われるのです。確か東郷だったと思うのですが、自信がないままに行くにはどうにか行けたけれども帰りがおぼつかない。その時にも彼は初めての日本で初めての道でありながら、私にレフト、ライトと言って道をガイドしてくれたのです。一度通っただけながらその土地の全体からしっかり把握されていたのでしょうか。その非常な感性に改めてそのシュタイナー教育のすごさをまざまざと体験した思いだったのです。

 それがきっかけになって、また別のアメリカ人のALT の仲間の方からの要望で、日本の料理、とくにジャパニーズスープ(みそ汁)の作り方を教えてほしいとい言われました。我が“さらなの家”での久々のにわか料理教室です。男性1名、女性2名の3人ともこの9月からアメリカから赴任してきた人たちです。日本語はまだあまり理解できない方々のようでした。どんなものを好むのかその好みもよくわかりませんが、福井で3か月余を過ごしてこられてきているまだ20代の人たちです。

 まずは要望のジャパニーズ スープ(みそ汁)。そして、ついでに折角ご縁があって彼らもその価値を知っている無農薬、無肥料で育てた塾生の黒田さんと言われる方のお米でのご飯の炊き方。

 鯖江には週一ぐらいには孫の琵琶の稽古の運転で出かけます。そこで、この塾生の方々のお米も近くの「西山公園の道の駅」で販売されていることを知っていましたので購入してきたのです。ALTの彼は孫の琵琶の発表会も西鯖江まで一人で電車を使って聞きに来てくださっていて既に鯖江はなじみなのです。

 みそ汁とご飯では何か物足りなく思え、日頃よく蟹、蟹と話題にするので、とてもズワイ蟹までは及びませんが、せめてセイコ蟹で「せいこ蟹丼?」などつけ加えて、先ずはさらっと一緒に作ってみました。近年英語で会話することなどは殆どない日常生活において、過去の多くの海外の方々との交友で身につけて、外国の方に対してあまり物おじしない度胸に裏付けられた? 伝わればいいという造語的英会話での説明の大胆さ。

 こうした私のたどたどしい英語を、この3ヶ月で生徒から学んで身につけたという日本語(吹き出さずにはいられない福井弁?)を駆使して極力理解しようという3人の方々の必死の協力があってのことは言うまでもありません。

 孫たちを通じて教師の勤務時間は私にも異常と思えるほどの長時間勤務です。その忙しさはALTの先生も変わらないようです。つい外食や、スーパーなどのお惣菜だけに頼る食生活ではなく、これがきっかけとなってこの方たちの福井での毎日の食事がより健康で安全な食事作りへの実践につながることを心から願わずにはいられないのです。そして出来得ることであれば、単身赴任などで、福井に住む多くの人たちのその食事の在りようを身近な所で目の当たりにすることが多くなった最近、そうした人たちの健康を配慮して健康な食事のお手伝いを身近で気軽に頼めるヘルパーさんの育成とその早期の制度の充実を心から願わずにはいられないのです。

 こうして私の目の前でめくりめく展開され続ける人と人とのつながりは止むことなく繰り広げられてきているのです。

関連記事