そんな思いを抱きながら、機会があれば人形店や子どもの誕生を祝う品物を置いてある店を時々のぞくようになりました。男の子の場合には、桃太郎さんの人形や、金太郎の人形も祝いものとしてよく贈られるとのことで、それらの人形は京都など県内外問わずにどこのお店にもたくさん飾ってあるのです。なぜ桃太郎?なぜ金太郎?新たな疑問が付け加わります。

 そんな折、収穫を感謝して毎年秋に行われてきている保育園の行事「秋の感謝祭」に「桃太郎」を一つの作品として仕上げ、子どもたちと奉納することになりました。

 そのきっかけとなったのは、知人から紹介していただいた『別冊太陽「カタリの世界」・西川照子』です。その本によると福井にも「桃太郎」の噺(ハナシ)が伝わっていたのです。

 一つは和泉村に伝わる「桃太郎」で、もう一つは日本海の桃太郎として、福井の敦賀の気比神宮に伝わっているというのです。しかも、その噺は日本で一番古い「桃太郎」だというのです。桃太郎や、金太郎等のおとぎ話に出てくる登場人物は‘小さ子ものがたり’としてとても大切な意味があるというのです。

 では、ちょっと寄り道をして「別冊太陽 カタリの世界西川照子―日本のこころ129―」に拠りながら気比神宮に伝わる桃太郎を見て行きたいと思います。

◆福井に伝わる「桃太郎」

 気比神宮の奇祭・総参祭(そうのまいりのまつり)で、「桃太郎」に出会うことができるというのです。総参祭とは夏。7月22日。気比神宮から船が出た。小さなちいさな船。いやこれは神輿。

 舟形の神輿に気比の大神が乗られた。それを今度は本物の大きな船に乗せて日本海を渡る。行き先は常宮神社、一名「常宮」(つねのみや)。一言でいうと、男神様が女神様に海を渡って会いに行く・・・それをもどく(まねる)祭。

 この祭りは神の再生儀礼であるという。みあれ(御生)、赤子を産む、祭りであるという。気比神宮の由緒には、この船形の神輿に乗るのは神功皇后とし、渡海の有様は「皇后が海の彼方の国・新羅に渡ったその盛儀」を模したと伝えている。しかし、子どもたちには紙芝居でこの二神の逢瀬を仲哀天皇と神功皇后のラブロマンスに仕立てて教えていたという。

 しかし、民間の伝説では気比の大神(イザサワケノミコト)は陽神で、摂社常宮の大神(八百萬姫の命)は陰神で、年一度の総参祭は、この陽神が陰神を訪ねる儀式だというのです。しかもこの儀式は神宮古来の式典で仲哀天皇以前より行われている神事だというのです。

 神が海を渡るという謎の神事からさらに、西川照子はその謎を解き進めて気比神宮の主祭神(イザサワケノミコト)とは「古事記」によって海の彼方の常世の国から来た小さなちいさな神様・少彦名命と同体では?と推測する。