◆療養食

 

 親類縁者が沢山いた昔であればもうお付き合いはしなくなる程に遠い間柄となっていても、支え合う人が少なくなっている現代においては、お互い自分の体を厭わなければならない年齢にありながら、情報を知らせ合って、以前にましてより強くつながり合って支えていかなければならなくなっているのです。

 

 東日本大震災の時ほどではないにしても、お互い近親者に気の抜けない病人を抱えている身です。ひっきりなしのメールや電話の行き交いなのです。入院中、薬の影響か、便秘で体が辛いというメールに、従妹は便秘にいいと思う物は何でも持って、病院に日参しているのです。私も入院中に病院食としていただいた、大根おろしや、長芋などを自宅でも自分なりにアレンジしていただいてきています。そうした大根おろしに長芋をおろして混ぜ、梅酢で味付けしたものや、今出回っている越前や沖縄の柔らかいもずくにおろし生姜を少しおろした酢の物や、孫たちが大好きでもある納豆に、畑で採れた青菜と春菊や、昨年もいただいていて、今年もわざわざ実家の地元の人が私にと届けてくださったという海で採れたわかめを、柔らかくゆがいたり、お湯をくぐらせ柔らかくして細かくたたいて梅干しやだし醤油で味付けしたものを届けたのです。


 それらのことが功を奏してか、便秘は幾分解消して楽になったという報告が入りました。
庭のふきや谷ぶきなども、母屋でほとんど暮らしたことのない若い家族の人たちにとってはあまり寄り付きたくない厄介な草でしかないでしょう。しかし、母屋で育った人には、昔家族に作ってもらったその味が懐かしく食べたいと言うという。それでそれらの山草を、採って料理して届けてもらったのです。

 


 医食同源とも言われているように、食事も病気の治療において、とても大きな役割を果たしていると思うのです。が、病院など薬や医療技術が優先される現代医学においての病院食は栄養面としてはそれなりには配慮されてはいるのでしょうが、療養食としての食材の安全性やその食材の治療薬としての本質が吟味された食事の提供がまだそれほど重視されていないということです。

 


 病気の治療にあたる入院患者を抱える病院だからこそ、病気の在りようによっては食事療法的養生食としての病院食であってほしいと、一人の入院体験者としても切に願わずにはいられないのです。そうなれば食事という面からであってもさらに一人でも多くの救える命につながっていくように思えるのですが…。一般的に現代のお医者さんは食事について西洋栄養学的なことは知識としては幾分学んでおられるのでしょう。しかし、食事療法としての食事として学ぶことはほとんどないという。

 

 最近では病気治療に関してもいろいろな面からいろいろな立場で書かれた本が本当にたくさん出回っています。ほんのつい最近のことです。『がんで余命ゼロ と言われた私の 死なない食事』(フレンチシェフ神尾哲男著 幻冬舎)という本に出合いました。平成27年3月に出版されていてまだ間のない本です。すぐに自然療法としての食事を一手に引き受けて献身的にその看病にあたられている家族の人に差し上げたいと購入しました。しかし、当人はすでに購入済みとのことでしたので、私もすぐに読んでみました。

 

 純然たる洋食家の方がご自分の御病気をきっかけに和食に目覚められ、養生食としてのマクロビオテックを土台に、ご自分のそれまでの経験を活かし、ご自分の体の状態を聞きながらの14年間の食事作りの体験を、同じ立場にある人へも伝えたいという立場で書かれているのです。一気に読ませていただいてしまいました。マクロビオテックではあまり動物性のものは摂らないのですがご自分のお体の状況から肉や魚など動物性の物も取り入れての食事だというのです。その養生食の在りようは私がこれまで気がかりであった病気ともつながっていくように感じられたのです。