昔は、同居家族が多く、家にあっては育児の経験者がいて、その育児経験者の体験から身につけられたものや、生み出されてきたもの、受け継がれてきたものからの「確固たる育児の基盤」ができていていました。社会には社会のルールというものがありました。そうした基盤や社会のルールに基づいた育児がなんの‘ゆらぎも’もなくなされていたのです。

 しかし、現在は、ほとんどの人が育児の経験や育児の場面に出会うことも少なく、突然親になるという状況です。人々の意識も大きく変化し、昔の生活するうえでの尺度となっていた‘たが’はとっくに取り外されてしまっています。

 その代わり現在においては、育児に関する情報は世に満ち溢れています。ですからその選択にかえって迷うという状況です。

 私たち保育の世界においても、その保育のあり方の基本となる「保育指針」も世の移り変わり、意識の変化に応じていくために、私たちの頭上でころころとよく変化しています。これまでの「保育指針」は学校教育での「指導要領」とは違ってあくまでも保育の‘手引き・参照’としての「保育指針」であったものが‘絶対に従うべきもの’として法的に取り決められたものとなりました。

 そのたびに、保育界が右往左往し、保育計画の書き換え、など保育士は実際に子育てに当たる時間を割いてその書類作成に負われることになるのです。保育界においてこうした実情です。ましてや一般の親御さんにおいては・・をや。ですよね。

 親には誰もがなります。なれます。何の資格もなくても・・・。しかし、・・・です。

 では、その親になる年代にあたる人は、人生にあってどのような時期にあるのでしょうか? また人生の‘バイオグラフィー’にもどって、親になる年代の人たちの在りようを見てみたいと思います。

「そのあとで、親には誰もがなります。なれます。何の資格もなくても・・・。」「しかし、・・・です。」をご一緒に考えていけたらと思っております。