その花が何の花なのかは園芸家が決めることではなく、「種」自身の問題なのだというのです。私たち親や教育者が子どもを教育するときに大切なのは、その個の中に内在する種をどこまで美しく咲かせたり、実らせたりできるかということなのだといっておられます。また、例え兄弟であっても、似て非なる場合も少なくありません。それはどうしてなのでしょうか?

 ドイツの女医でおられるミヒャエラ・グレックラーさんはその著書『才能と障がいー涼風書林』で子どもは「遺伝の法則」や「育つ環境の違い」に加えて3つ目の要因として「個人的関係」をあげています。

 兄弟、姉妹同士は遺伝的にも育つ環境も似ているが、それにもかかわらず非常に異なっている。それは自分自身が持っている個々の興味や知覚能力や特有な正義感や、行動に責任を取り入れたり拒否したりできる可能性などによって、自ら個人差を生み出しているからだと書かれています。

 もう少し詳しく言えば、まだ自分が受胎される以前、まだ物質世界に来る前の世界にいるとき、ある夫婦に特別に興味を持ち、自分に合った遺伝要素の選択に参加します。ですから子どもは神と両親によって作られるだけでなく、自分自身が出生の条件を選び、つくりあげ、自分自身がたくさんある遺伝子の鍵盤をかなでる芸術家なのだというのです。子どもはこの地上の生で学ぼうと決心したことと、自分の持っている運命との方向に沿って、自分の置かれた環境の中で生きていくのだというのです。

 どちらにしても、子どもとかかわる両親や家族、周囲の人の在り方は、子どもの育ちの一つの要因である「環境」であって、その育ちに大きな影響を与えるのです。

 そのなかでも子どもとのかかわりの深い両親のあり方の影響を見過ごすことはできないのです。しかし、子どもと親の関わりをみますと、多くの人が子どもとどう関わったらよいのかわからない、その戸惑いのなかで子育てにあたっているというのが育児の現状のように思われます。