「今からオムツを取り替ようね」とか、「ママは今ちょっとトイレに行ってくるからね」と今から起こることをしっかり伝えてあげることにより、どんなに小さな赤ちゃんでも、だんだんと見通しを持てるようにもなります。その大切さは、私たち自身の生活に照らし合わせてみればすぐ分かります。毎日、今から何が起こるかわからなければ、不安でちっとも落ち着いていられませんよね。毎日の規則正しいリズムがあり、「今から~~しますよ」という言葉がけで、赤ちゃんは安心して過ごせるのです。そのようにして育つと、「抱っこしますよ」と言うと、抱き上げてというように、両手を伸ばしてきたり、もっと小さい赤ちゃんでは目で大人を見つめ返してうれしそうにしたりします。また、着替えの手順もまず右、そして左というようにいつも同じにし「はい、ズボンを履きますよ、まず右足、あんよが出たね、次は左」というように優しく言葉がけしながら行うことにより、赤ちゃんが着替えに参加して、足を伸ばしたり、腰を上げたり、手伝ってくれるようになります。つまり、お世話されるだけの受身の存在から、一人の生活者として少しずつ自立していくことができるのです。 自分でほとんど何もできない赤ちゃんは、おなかがすいても、お尻が気持ち悪くても、寒くても暑くても、寂しくても、周りがうるさ過ぎるから静かに放っておいてほしくても、泣くことしかできません。だから私たち大人は赤ちゃんをモノのようにひょいっと持ち上げたり、抱きたがる大人の手から手へボールのように回したり、泣いたらグッとおしゃぶりを口に入れて黙らせたり、ついついやってしまっています。 小児科医として、鋭い観察眼を持っていたピクラーは、多くの子どもを見るうち、大人が赤ちゃんに座る、立つ、歩くといった動作を先回りして教えたり、支えてやらせたりすることが日常的に行われていることに問題を感じました。もし大人が手で支えたり、クッションで固定したりしてお座りをさせなかったら、その赤ちゃんはどうなるでしょうか? ずっとお座りできないままでしょうか? ピクラーは自分の子どもたちや家庭医として定期的に訪問した子どもたちを観察して、赤ちゃんは大人に教えられなくても、いや教えられないほうが、健全に発達することを発見しました。赤ちゃんは十分な広さ、安心できる環境に置かれれば、寝返り、ハイハイ、腕を立てて上体を反らすなどの様々な動作を遊びの中で続け、ついには、自分でちゃんとお座りができるようになります。立つ、歩くも同様です。逆に大人に教えられると、赤ちゃんは近道をして早くできるようになりますが、近道をしたことによって、お座りに必要な筋力、バランス感覚を発達させる機会、そして何よりも自分で何度も何度も繰り返すことにより物事を成し遂げ獲得するプロセス(後に学ぶ力、生きる力となる)も逃してしまいます。

 生まれたばかりのかわいい赤ちゃんをうっとり見つめていられる幸せな時間はあっという間に過ぎていきます。育児の大変さもさることながら、それよりも私が思い出すのは、「もう~~できる?」という、周りからのプレッシャーです。寝返り、お座り、ハイハイ、伝え歩き、そして一人歩き。喃語 (なんご) は出たか、歯は生えたか、離乳食は食べられるか? 発達に遅れがないかと心配することは仕方がないですが、行き過ぎて、早いことがいいことかのように、のんびり屋の親でも次から次へと課題を与えて行かなければいけないかのように感じさせられる昨今です。赤ちゃんの身にもなってください、寝返りができたら、次はお座りよ、さ、ハイハイしておいで、今度はタッチしてごらんと足をツンツン・・・。今できていること、お座りなり、寝返りなりを十分楽しむより、次のこと、まだできないことに常に焦点が当てられています。 ここ二、三十年ほどで、よく早く、より多くを美徳とする傾向がどんどん加速度を増しました。いつだったか、まだ幼いころ、我が家の黒いダイアル式電話がプッシュホンに代わったときは、感動したものでした。その後、ポケットベル、ファクスが加わり、携帯電話、ブラックベリー、今では私もアイフォンを持っています。コンピュータも私が学生時代は白黒画面でコマンドを入力しなければなりませんでした。テクノロジーが発達して、いつでもどこでも瞬時に情報が手に入る、そのおかげで、私たちはますます忙しくなっています。もっと楽に、ゆったり暮らせるのかと思えば、まったく正反対のことが起こっているのは誰の目にも明らかです。こんな時代、赤ちゃんはたっぷりと時間をかけて赤ちゃん時代を過ごせているでしょうか。0歳向けのコンピュータゲームがアメリカでは売られています。今朝、電車の中で幼稚園児向けのテレビチャンネル"Sprout"(和訳すれば「芽生え」でしょうか)のポスターが目に付きました。24時間いつでも子供向けの番組を見られると宣伝していました。きっと日本でもこの傾向は同じだと思います。子どもへのこうしたテレビやゲームなどの害についてはまた別の機会に譲りますが、目まぐるしい量の情報の波の中で、日々忙しく過ぎていく現代に生まれた幼い子どもにとって、本当に大切なこととは何でしょうか。どうすれば、私たち大人は、子どもの発達を最大限に引き出してあげることができるでしょうか。