福島の同じ地域から来ている子達です(確か郡山からだったとおもいます)。ちょっと便宜を図ってあげることができれば、わざわざ遠く福島から、せめて帰りだけでも迎えに来なくてもすむことです。

その迎えに来られて着いた早々のお母さんたちとの庭先でのほんの短時間の立ち話的会話をお聞きしただけにもかかわらず、同じ被災地に住んでおられる人でも、たまたま都合よく良い情報を手に入れることができた人と、できずに必死になって情報を探し、送り迎えをしてでも、たとえ僅かの期間であっても安心して子どもに子どもらしい過ごし方をさせたいと遠く‘市の谷’まで車を走らせなければならない人があるということを知って、現地に置かれておられる人たちと、テレビ等の情報を通して私たちが知りえる情報には実際には大きな食い違いがあるということを知らされたのです。

福井でも行われたこうした活動は、被災地にすむすべての子どもたちには夏休みだけでも安全な自然のなかで過ごすことの出来るよう、それぞれ安全な地で過ごすという配慮のもと平等に機会が与えられて送られてきているものとばかり思っていたのです。

しかし、実際には現地にある人たちについては食い違い的理解や実際に知らないことがあまりにも多すぎる、というよりも、何も知らないということを思い知らされ、重く聞かせていただいたのです。

どうしたら‘してほしいことへの詳細までの情報’と‘何かできることがあればしたいという思い’が、きちんとつながり、伝わり、生かし合えることができるのだろうと考えてしまいました。

千葉から来られている方々はまだ若いお母さん方で、お子さんも乳飲み子を抱え、千葉から車を走らせて来られているというのです。私のように近くに住みながらそれでもこれまで‘市の谷’という名さえ知らず、最初はここへ来るまでもなんと遠い所と思った者さえおるのです。千葉という遠い所からこんな見ず知らずの山の中の遠いところまで車を走らせお子さんを連れてくるということの行為の中に当事者がその現実に置かれている厳しい現状や親として子を思う必死さや多くのことを私たちは読み取らなければならないことを知らされました。(それでもまるで娘たちが子どもを連れて実家に戻っているかのようにゆったりとすごしておられるようすでした)

行政の力も当然必要です。しかし、今回のような、日常的出来事のことでは決してないなかでのことです。当たり前の人と人とのつながりのなかでは起こり得なかったり、考えられなかったりすることが、行政が仲立ちになると大抵非人間的なこうした血の通わない措置が公然ととられてしまうのはどうしてでしょうか。しかも同じ県内においてのことです。ある線で公然と区切るというやり方はどこの行政においても同じことのようです。

当然行政には行政の言い分もあるでしょう。しかし、その出ているお金は国民一人ひとりの血税ですよね・・・。行政に関わる人もみな間違いなく、一人の人間ですのに・・・。こうしたときこそ血の通う税金の使い方ができないのでしょうか。人間的に融通するという措置をとることができないのでしょうか。それは実施するうえでそんなに難しいことなのでしょうか?どんなことが支障になるのでしょうか。その支障となっている壁を打ち砕く何か方法はないのでしょうか。

お母さんたちの話をお聞きしていて、何かできることがあればという思いだけあって棚ぼた的に「何かしてください」と言ってくるのをただ待っているのではいけないように思えました。もし、家族や身近な人であれば必ずそうしないではいられないように、できるだけ多くの人が、機会をとらえて被災地に住む方々と個人的にでも積極的につながりあう努力をし、その個人的なつながりから、ほんとうに被災地の人がしてほしいと思わる必要な支援を知って、個人的にできることであれば個人的に、できないことであればその情報をきちんと生かすことができるつながりに反映して、できることから実践して行くことも一つの方法ではないかと思いました。

小さなつながりのなかにも、必ずそれぞれにできることを見つけることができるはずです。被災地の人が本当にしてほしいことが待っていると思うのです。

◆今の時代にとって家族とは?

現在において家族とは血のつながりだけではないというのです。今は家族という思いを日本という大きな枠まで広げて考えないといけないときのように思います。そうした大きな家族の中で、多くの被災地に住む子らにとってのかけがいのない“今”という時を生かしてあげるため、また未来の社会を背負っている私たち日本の子らのために一刻を競って、手を差し伸べて行かなければならないと思うのです。

市の谷でお会いした福島や千葉からのお母さん方との出会いのなかで、まず家族のようにつながりあい、これからのつながりのなかで更に必要とされることへの実践に移して行きたいと思っているのです。

そのことは今回のことだけではなくきちんとした信念のもと、いろいろなことを引き受けられてただひたすら大変なお世話をされている‘市の谷’の林さんご夫婦をはじめスタッフの方々や半断食がご縁でボランティアされた方々からたくさん学ばせていただいたことでもあるのです。