またそうしたおじいちゃんおばあちゃんの協力が得られない、核家族で共働きの場合には保育所での保育のほかに社会的にいろいろな選択肢が用意されているべきだと思うのです。それもまだ幼児期にあるお子さんには一定の人が継続してできるだけ家庭的支援に近い個的に支援できる環境が準備されることが望ましいのです。

ずっと以前のことでした。私の保育園の保護者の方のケースです。ご主人をなくされ、お母さんがお一人でお子さん方を育てなくてはならなくなりました。どういう制度だったのかその制度の名前は忘れましたが、お母さんに代わって、お子さんを4時には保育園まで迎えに行き、それまでには依頼された方の家の掃除や夕食の買い物を済ませ、お母さんが帰宅されるまで家でお子さんを見ていてもらえるという制度です。

それまではそうした制度があるということも全く知りませんでした。ある日何気なくつけたテレビで知ったのです。早速担当される方を保育園にお呼びして保護者の方にお話していただきました。そこではじめて、以前うちの保護者の方もその制度を利用されていたことを知ったのです。そうした制度を通じて知りえたつながりは、お子さんがある程度大きくなるまでの何年かにわたります。そこでつながりあえた関係は、おじいちゃんおばあちゃんがいても見てもらえない人にとっても“身近な家族よりも、遠い他人”という関係ともなりうるかもしれません。

しかし、そうした制度を保護者の方にご紹介しても、当時の現状では使い勝手があまりよくない制度だったのでしょうか、それともコスト的な問題だったのでしょうか、二重保育ということになるからでしょうか、保護者の人にはあまり利用されなかったように思います。もしコスト的なものが問題であるならば、行政や、社会的立場からもっと利用しやすい配慮がなされ広く利用可能なものにしていってほしいともおもったのです。もし、利用者側の問題であれば、そう長い年月ではありません。お子さんの立場になって家族の代わりになる方をそうした制度などを通して探してあげてほしいのです。親御さんも親の立場だけでなく子どもの立場になって、“子どもの育ちは何物にも代え難い”ということをもっと肝に銘じていただけたらなあと思うのです。

日本においては大きいこと、多いことがよいことのように思われることが多いのです。その一つに幼児教育があるのです。しかし、こと幼児に関する施設においては決して大きいこと、多いことだけがよいのではないのです。都会においての待機児童解消のひとつとして取り入れられている「保育ママ、家庭内保育」という制度があります。これはきちんと認定された保育ママが保育所に準じて家庭的雰囲気の中で少人数のお子さんを預かる行政的に認可されている制度なのです。まだ在職中だった頃、福井においても待機児童という観点からだけではなく温かく包まれた環境で育つべき幼児期という大切な時期にある子どもにとってそうした制度の必要性を再度お願いしましたが、福井には待機児童はいないということでその制度は取り上げてもらえませんでした。預かってもらえる人として、良き保育者、よきそうした家庭内保育所との出会いであればこうした保育ママ、家庭内保育所もお勧めなのですが、この制度による事故死もあったようですし、今日では子どもをターゲットにした商業ベースでのいろいろな業界が乗り出してきていますのでその選択には十分に慎重であらねばなりません。その他こうした制度に準ずるのでしょうが‘育メン’ならず‘育じい(爺)’とよばれる、仕事として全く他人の子どもを預かる人も出てきているということです。

※おあい飯
先日ラジオでとても地味な料理なのですがといって芋の煮っ転がしなど福井の数々の料理を紹介しておりました。おあい飯もそうした福井に伝わる料理の一つで福井の皆さんには既におなじみの料理でご紹介するまでもないかもしれません。

昔は冷ご飯をおいしく食べる方法の一つだったと思うのです。子どもの頃によく作ってもらい好んでなじんできた料理の一つです。

大根の間引き菜をゆでて、細かく刻み、味噌で合えたものを鍋の底にしき、細火にしたその湯気で少し焦げの香りがするまでゆっくりとご飯を蒸らし、火を止めてご飯がおあいと混ざるようにまぜます。

この頃では食べる人に合わせて、軽く少量の白ごま油でいためたものであえたり、しょうゆをブレンドしたものであえたりしています。お子様には上乾しらす、いりごま、焼つみのりをもんで混ぜてあげたりしても喜ばれるでしょう。